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硬質で純粋な怒り~ランボーの詩

 図書館で借りてきたランボーの詩集をぱらぱらと読んでいたら、彼の詩集を熱心に読んだり、ランボーが特集された「文芸読本」かなんかを読んだりしていた頃のことを思い出した。早熟の天才、あるいは鬼才、端正な若き日の肖像写真とともに語られる、ヴェルレーヌとのちょっと怪しげな関係やヴェルレーヌによるランボーへの発砲事件、そして詩とはすっぱり縁を切ったのちのアラビアやアフリカでの商人としての晩年の生活や、若くしての死、など、伝説となったその生涯についてもひととおり読んだりしていた。そして、今回、彼の詩の一節をふっと思い出すまで、久しくランボーの詩や生涯について考えたり思い出したりすることもなかったのだが、中也の詩集にランボオ(中也の詩集と小林秀雄訳では”ランボオ”と表記)の翻訳詩篇が何編か載っていたためなのか、彼の詩の一節がふっと頭の中に浮かんできて、あれはなんという詩だったかなということが思いだせなくて、近くの書店に行ったのだが、ランボーは一冊も見つからず、(これは少しショックだった)、図書館で金子光晴訳の「世界の詩集 6 ランボー詩集」(角川書店)と小林秀雄訳の「地獄の季節」(岩波クラシックス)を借りてきたのだった。そういえば、昔読んでいたのは金子光晴訳の文庫本だったと思う。で、今回ぱらぱらと読んでみて、(若い頃のようにその詩や生涯や端正な肖像写真などにうっとりしたり、心酔したりすることはないのですが、)彼の詩篇からは硬質で純粋な怒り(否定)を感じる。そして、時々、まるでパンクロックのようなそれらの言葉を呟いてみたくなる、それらのことばがぴったりするときがある。例えば、


 俺に食いけがあるならば
 先ず石くれか土くれか。
 毎朝、俺が食うものは
 空気に岩に炭に鉄。

                詩集・地獄の季節「飢」より(ランボオ作/小林秀雄訳)

 とか、

 
・・・・・・・・・有難い事には、俺は昔の偽りの愛情を嗤(わら)う事が出来るのだ、この番(つがい)になった嘘吐きどもに、思いきり恥を掻かせてやる事も出来るのだ、――俺は下の方に女どもの地獄を見た、――さて、・・・・・・・

                          詩集・地獄の季節「別れ」より(ランボオ作/小林秀雄訳)

 とか、

 ところで、今回、ランボオの詩を読んでみて、この永遠の反逆児のような詩人の詩に、初期から代表作まで含めて、自然への純粋な憧れの心情が感じられる詩篇が多いということと、世間に悪態をつきながらも、小さきもの、弱きもの、いわゆる民衆、周辺部のものへの視線を感じる詩が多いということに気付かされた。それは彼の愛情にめぐまれなかった子ども時代という生い立ちや、彼が、シャルル・ヴィル生まれの田舎者であったことに関連しているのではないかと思う。そのことが、パリの文壇、詩壇やヴェルレーヌへの相容れなさ、幻滅を招き、はやばやと二十歳にして彼にすっぱり詩と縁を切らせた原因ではないかと思われる。


 
 また見つかった、
 ――何が、――永遠が、
 海と溶け合う太陽が。

              詩集・地獄の季節より(ランボオ作/小林秀雄訳)


 
 この有名な詩の一節から感じられる、自然のイメージは清冽で強烈で美しい。

 

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もっと悲しみを~中也の絶対音感~

 ハルキ文庫版の「中原中也詩集」の樋口覚氏による解説、「中原中也―「歌」への奉仕」で、一番印象に残ったのは、中也の詩は「中也にのみ固有な絶対音感を伴っていた。」というところだ。樋口氏はその特質を「歌」であると表現している。そして、そんな中也の「歌」は、時代の大きな流れがすくいとれなかった「小さな声」「いとけなき魂の声」を代弁しているのだと。そして「それは感傷的な哀歌ではなく、近代という時代の傷口に正確に対応していた」のだと。

 生きていくうえで、悲しみを経験せずに一生を終えられるひとはまずいないでしょう。命に限りがあるかぎり、どんなに幸福なひとにも愛するものとの別れは避けられない。そんなときに中也の歌が、彼の悲しみの定義が、彼のあの祈りのようでさえある言葉が私たちを慰めてくれるでしょう。詩人がその言葉を紡ぎだすのに、どれほどの営為があったのか、凡人には及びもつきませんが、芸術作品のうらには、建築家のような緻密な思考や分析や構築が、そして自らの不幸でさえも客観視する冷静な頭が必要です。芸術は天才の一瞬のひらめきや酒に酔うような酩酊だけからは生まれない。そして中也の詩には、彼の詩を凡百の流行歌や自己陶酔的韻文や散文などから区別する”絶対音感”があった。それが現在においても彼の詩が受け入れられる理由だと思います。

 落語家の談志師匠は、何を言ってもずーっと笑い続けている客に対して、途中で噺を止めて、「ここは笑うところじゃないんですけどね。」と説教したことがあると言っていましたが、私たちに必要なのは、可笑しくも無いのに笑い続けること、ではなくて、悲しみをちゃんと悲しむこと、ではないのかなと思います。幸福なひとには必要ではないでしょうが・・。


そう言えば、今朝の「日本語で遊ぼ」で中也の「月夜の浜辺」をやっていましたね。それと、最初に書いた樋口さんの解説に、村上龍の小説「インザ・ミソスープ」に中也の「除夜の鐘」のことが出て来ることが紹介されています。この小説は読んでないけど、村上龍の感覚を少し見直した。


  除夜の鐘


 除夜の鐘は暗い遠いい空で鳴る。
 千万年も、古びた夜の空気を顫(ふる)はし、
 除夜の鐘は暗い遠いい空で鳴る。

 それは寺院の森の霧(けむ)つた空・・・・・・
 そのあたりで鳴つて、そしてそこから響いて来る。
 それは寺院の森の霧つた空・・・・・・

 その時子供は父母の膝下(ひざもと)で蕎麦(そば)を食うべ、
 その時銀座はいつぱいの人出、浅草もいつぱいの人出、
 その時子供は父母の膝下で蕎麦を食うべ。

 その時銀座はいつぱいの人出、浅草もいつぱいの人出。
 その時囚人(しうじん)は、どんな心持だらう、どんな心持だらう、
 その時銀座はいつぱいの人出、浅草もいつぱいの人出。

 除夜の鐘は暗い遠いい空で鳴る。
 千万年も、古びた夜の空気を顫(ふる)はし、
 除夜の鐘は暗い遠いい空で鳴る。

    詩集 「在りし日の歌」より (参照:「中原中也詩集」/ハルキ文庫 )

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中也の詩の紹介

 今回、読んだ中也の詩のなかから、気に入った詩を紹介します。他にもたくさん気に入った詩はあるのですが、今回は、今の季節に合わせて、ロマンチックで静謐なイメージのものを選んでみました。


    時こそ今は・・・・・・
            時こそ今は花は香炉に打薫じ
                    ボードレール

  
  時こそ今は花は香炉に打薫(うちくん)じ、
  そこはかとないけはひです。
  しほだる花や水の音や、
  家路をいそぐ人々や。

  いかに泰子、いまこそは
  しづかに一緒に、をりませう。
  遠くの空を、飛ぶ鳥も
  いたいけな情け、みちてます。

  いかに泰子、いまこそは
  暮るる籬(まがき)や群青(ぐんじょう)の
  空もしづかに流るころ。

  いかに泰子、いまこそは
  おまへの髪毛(かみげ)なよぶころ
  花は香炉に打薫じ、

     
         詩集 「山羊の歌」より (参照:「中原中也詩集」/ ハルキ文庫 )

 もう一篇、紹介します。


     湖上

  ポッカリ月が出ましたら、
  舟を浮べて出掛けませう。
  波はヒタヒタ打つでせう、
  風も少しはあるでせう。

  沖に出たらば暗いでせう、
  櫂(かい)から滴垂(したた)る水の音は
  昵懇(ちか)しいものに聞こえませう、
  ――あなたの言葉の杜切(とぎ)れ間を。

  月は聴き耳立てるでせう、
  すこしは降りても来るでせう、
  われら接唇(くちづけ)する時に
  月は頭上にあるでせう。

  あなたはなほも、語るでせう、
  よしないことや拗言(すねごと)や、
  洩らさず私は聴くでせう、
  ――けれど漕ぐ手はやめないで。

  ポッカリ月が出ましたら、
  舟を浮べて出掛けませう、
  波はヒタヒタ打つでせう、
  風も少しはあるでせう。


     詩集 「在りし日の歌」より (参照:「中原中也詩集」/ハルキ文庫 )


 さらに、もう一篇、今度のは恋歌ではありませんが紹介します。


    生ひ立ちの歌


     Ⅰ

    幼年時
  私の上に降る雪は
  真綿のやうでありました

    少年時
  私の上に降る雪は
  霙(みぞれ)のやうでありました

    十七――十九
  私の上に降る雪は
  霰(あられ)のやうに散りました

    二十――二十二
  私の上に降る雪は
  雹(ひょう)であるかと思はれた

    二十三
  私の上に降る雪は
  ひどい吹雪とみえました

    二十四
  私の上に降る雪は
  いとしめやかになりました・・・・・・

      Ⅱ

  私の上に降る雪は
  花びらのやうに降つてきます
  薪の燃える音もして
  凍るみ空の黝(くろ)む頃
  
  私の上に降る雪は
  いとなよびかになつかしく
  手を差伸べて降りました

  私の上に降る雪は
  熱い額に落ちもくる
  涙のやうでありました

  私の上に降る雪に
  いとねんごろに感謝して、神様に
  長生したいと祈りました

  私の上に降る雪は
  いと貞潔でありました


     詩集 「山羊の歌」より (参照:「中原中也詩集」/新潮文庫 )


 最後に紹介した詩のように、時代や病気や三角関係や愛児の死などのさまざまな不幸によって彩られているような中也の短い生涯でしたが、そんななかにも最初の二編にあるようなひとときがあったことを思うと少しホッとします。(現実の恋はこの詩のような静謐なものではなかったでしょうが・・・。)

 不幸や悲しみさえも美しい言葉に変える詩人は、「言葉の錬金術師」ですね。私たちの感情は、詩人によって、名付けられ、定義され、普遍化されるのを待っている。


     


  


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汚れつちまつた悲しみに・・・・・・~現代国語的中原中也

 NHKの教育テレビの「日本語で遊ぼ」という番組の中で、中原中也の「汚れつちまつた悲しみに」の一節が朗読されている。彼の「サーカス」という詩の一節も時々朗読されている。その詩の空中ブランコを表現したと思われる不思議なフレーズ、 「 ゆあーん  ゆよーん  ゆやゆよん 」 を”コニちゃん=コニシキ”や子どもたちが朗読している。(この番組では、他にも、平家物語の前文「祇園精舎の・・・」や宮沢賢治の「雨ニモマケズ」も紹介されていて、なかなかよい選択だと思う。)

 もう二十年くらい前に、母と妹と三人で、夏に山口県を旅したことがあって、山口市の湯田温泉の近くの中也の詩碑のある公園のことをガイドブックで知って、立ち寄ったことがある。詩碑があること以外は、何の変哲もない、近所の子どもが遊んでいるような小さな公園だったのですが、その詩碑と横に立つ妹の写真が残っている。先日実家の母に、この写真に写っている詩碑の文章を知り合いに色紙に書いてもらいたいので、詩の文章を調べてほしいと頼まれた。この公園は中也の生家(現在は記念館)近くにある高田公園、刻まれているのは小林秀雄の筆による「帰郷」という詩の一節。※こちらを参照


  これが私の故里(ふるさと)だ
  さやかに風も吹いてゐる
       心置なく泣かれよと
       年増婦(としま)の低い声もする

  あゝ おまへはなにをして来たのだと・・・・・・
  吹き来る風が私に云ふ

                      詩集・山羊の歌「帰郷」より (参考:新潮文庫「中原中也詩集」)

 「心置なく泣かれよと」 と 「年増婦(としま)の低い声もする」の行が碑にあったかどうかは写真ではちょっと判然としないのですが(行数から考えると省かれているように見えます。)
 中也の詩は、思い出しただけでも「月夜の浜辺」「汚れつちまつた悲しみに・・・・・・」「北の海」が教科書に採用されていたと思う。三篇というのは、詩人の中でもかなり多いほうではないだろうか。三篇とも、ひとがこころのなかに持っている普遍的な感情が表現されているので、他の詩人の詩よりみんなのこころにぴたっと来る感じがあって、「 さう さうこの感じ 」と思ったりするし、今読んでも、感覚的に古くない、現代的だし、言葉遣いは、平易で簡単そうに見えるけど、かなり計算された平易さ、さりげなさで「巧い!」と思う。「クイーン」とか「ビートルズ」とかにも感じることだけど、”ポピュラーだけども俗ではない”という感じがする。難解な言葉などは用いずに、俗にならないぎりぎりの場所で勝負している。その場所を見つけることは簡単なようでとても難しいことだと思う。その絶妙なポイントはとても狭いので、凡人には、なかなか見つけられない。やりすぎなものや足りないものは多くみかけるし、その狭いポイントを見つける才能のないものは、俗っぽい表現しかできない。たとえば有線で聞くJ-POPなどというジャンルの歌詞なんかも、全体的に固いというかこなれてないというか、芸がないものが多い。「なんとかでえ、なんとかでえ、なんとかなのですう~」とか「なんとかでえ、なんとかでえ、なんとかだー」とかのうんざりするような説明的な歌詞たち・・・。

 最近読んだ本によると、最近の若者は「悲しみ」の感情が減少して「怒り」の感情が増大しているらしいが、それはさておき、「悲しみ」という感情はやはり重要な感情だと思う私は、「悲しみ」という感情に、これほどまでに現代的な相貌を与えて定義した詩人は中也のあとにも先にもいないと思う。中也の「悲しみ」は私たち現代人の悲しみなのだ。そして「悲しみ」をちゃんと悲しむことは大事だよねと思う。だからいま中也を見直すってのはありだよね。

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