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NHKスペシャル「高倉健が出会った中国」を見て(驕る必要もないし、卑屈になる必要もない)ー過去記事の再掲載

 ↓※この記事は2005-11-21にgooブログに掲載したものの再投稿です。

 高倉健さん出演のNHKスペシャル「高倉健が出会った中国」(11月19日 PM9:00)を見た。
 
 番組の冒頭で、健さんの「・・・毎日の撮影の生活の中で、あまりにも感動が多いので時々バランスが取れなくなる」とのコメントが紹介されているように、チャン・イーモウ監督が切望して実現した映画「単騎、千里を走る。」の撮影の様子や映画のストーリーの紹介をしながら、健さんと映画に出演した中国の人々との撮影を通しての心のふれあいが紹介されていました。(プロの役者は健さんのみで、中国人の出演者はすべて現地の普通の人々です。)番組では主に、健さんのガイド役の(実生活でも現地で観光ガイドをしている)中国人青年チュウ・リン(役名も同じ)との交流や、仮面劇の役者役のリ・カミン(役名も同じ)の息子を思って泣く演技に心を打たれる健さんの様子などが、彼(リ・カミン)が実生活で抱えている問題などを交えながら紹介されていました。
 チャン・イーモウ監督は、三国志の逸話をベースにしたというこの映画で、「まごころ、思いやり、絆の大切さを訴えたい」と説明していました。中国経済の急速な発展によって失われていく、まごころや思いやりの大切さを映画を見た人々の心の中に永遠に残したいと。

 この、番組を見て改めて感じたのは、中国での健さんの人気と知名度の高さです。健さんのことを「私のアイドル」というイーモウ監督ばかりでなく、撮影に使われた山岳地帯の石鼓村という村のみやげもの屋の女性が、健さんの顔を見て、「あれっ どこかでお会いしたような・・」と言って健さんの映画を子どもの時に見たと言って喜んだり、ダムの底に沈んでしまうというその村の村長が「この村がダムに沈んでも、数百年後にこの映画を見たひとはきっと気づいてくれるはずです。石鼓村はそこにたしかにあったのだ。そして、あの高倉健さんも石鼓村に来たのだと思い出してほしいのです」と彼の名前を挙げて自分達の村のことを讃えたのです。最初の方に出てくる雲南省の古都麗江の中年の夫婦が、健さんのことを「私たちの世代のアイドル」と言って、健さんの映画が「当時の中国人に強烈な印象を与えた」と語っていたことや、イーモウ監督が「高倉健は、かっこいいという言葉の代名詞だった」とも語っているのを見ると、健さん演じる主人公の何がそれほどまでに中国のひとびとの心を揺さぶったのかに興味を覚えます。それは、高倉健さん演じる主人公によって体現されている日本的な感性の何かに彼らが共鳴して感動を覚えているからこその反応だと思います。
 番組中で私が印象的だった映画撮影中のひとつのエピソードに、イーモウ監督や映画のスタッフたちが、「(中国人ではない)健さん演じる日本人の主人公ならどういった行動を取るか」ということについて熱心にミーティングをしている場面があります。最終的に日本人らしい行動や考え方を現すのに最もいいだろうという意見が採用されて、その場面が新しく撮影されることになりました。

 そして番組の最後では、ガイド役の青年の「今後大切なのは、お互いの長所を認め合う事です。自分達の短所を反省することも必要だと思う。そうすれば、中国と日本はもっと近づけるのではないかと信じている」という言葉が紹介されています。

 イーモウ監督は前作「ラヴァーズ」では金城武を起用しています。この映画が成功しているかどうかは別にして、私がこの映画で感じたのは、彼は金城武が体現している純粋に中国的でも台湾的でも日本的でもない不思議な魅力を使って映画を取りたかったという感じを受けました。そして監督の日本的なものへの関心を感じていました。

 そして、先に紹介したチュウ・リンの冷静で落ち着いたコメントは、人間と人間の生のふれあいの中から生まれた誠実で知的なコメントだと思いました。そして、それを引き出したのは、健さんの優しさと誠実さにあふれた慎み深い人間性、現代の私たちからは失われつつある日本人のよさだと思います。中国での健さんの愛され方を見ていると、彼らは健さん演じる主人公に、人間の理想像のひとつの型を見ているのではないかとさえ思われます。

 
 ところで、この映画の撮影が行われた、雲南省の古都麗江の瓦屋根の連なる美しい町並みや、石鼓村の古い町並みの風情のある趣などを映した映像はとても美しく、その点でも映画への興味をそそられました。ずっと以前に見た中国映画「芙蓉鎮」(文革に翻弄される女主人公を描いた傑作)の中で、主人公と反革命分子のレッテルを貼られた秦という男が、罰として課せられている早朝の町の清掃をしている場面の、朝靄に煙る町の石畳の坂道の映像がとても美しかったのを思い出しました。(映画を見たことのない方のために少しだけ付け加えると、この映画を紹介するのに一番有名なセリフは、秦が主人公に言う「生きぬけ。ブタになっても生きぬけ。生きぬけ。牛馬になっても生きぬけ」です。文革の熾烈さを感じさせる言葉でしたし、文革の現実を知るには恰好の教材となるかもしれないような映画だと思います。)
 
 
 話を元に戻しますが、この番組で紹介された中国のひとびとと健さんの交流を見ていると、「驕る必要もないし、卑屈になる必要もない」という感想が浮かびました。

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