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加藤 周一の言葉ー過去記事の再掲載

↓※この記事は2011-04-10 にgooブログに掲載したものの再投稿です。

 福島の事故後の東電の会見を見ていて思い出した言葉があった。それは「二○世紀から」という加藤周一と鶴見俊輔の対談集の中の、( 11:科学技術の専門化と普通人の役割 )という章の中の加藤周一の言葉だ。少し引用してみます。

本当に優秀な技術者にとっていちばん大事なことはやっていることがおもしろいということなんです。
 だから「道徳的におかしい」「政治的愚行だ」と非難しても、科学技術とモラルの問題だけを論じ、技術者にとっての知的興味という問題を落とすと議論は空論になる。実際にやっている人は部分だけをやっていて、モラルのことはそんなに考えていない。技術者にそういうことを求めるのは無理なんです。 ( 加藤:同書233頁 )

 なぜ理科系の秀才がオウムに入るのかという問題も、戦争中は頭のいい技術者たちでさえいつかは神風が吹くと信じていたわけで、その問題と似ていると思う。技術者というのは二つの世界に住んでいて、緻密にものを考えるのは専門の実験室いるときで、一歩実験室の外に出ると大衆の一人に変わる。そのあいだにつながりはない。もちろん例外はあるでしょうが、全体の傾向としてはそれが技術者の一面なんです。( 加藤:同書239頁 )

 普通人の定義は難しいけれども、膨大な人数の普通人がいるという現実と、技術がこれほど発達した世界にとっては偉大な普通人が必要である、という二つの問題があると思う。ナチスに追われてアメリカに渡ったカール・フリードリヒは、デモクラシーの土台石の一つは普通人の哲学の尊重で、エリートだけではデモクラシーは成立しないと言っている。( 鶴見:同書234頁 )

「技術者にモラルを求めるのは無理」、「偉大な普通人が必要」 

 追記:

 結局は話題の選択の問題だと思う。テレビに何が映っているかというと、世の中にとって重大なことはほとんどない。・・・・全体として構造的に重大な問題はあまりない。そうすると世界は調和的だという印象が大衆の中に浸透していく。これがいちばん大きな問題です。 ( 加藤:同書301頁 )

 被災地の現実を忘れ去らないために、(自分達の不自由さを語れない芸能人たちの)ヴァラエティを見るのをやめよう。福島の悲劇の大きな原因のひとつに、みんなの無関心があったことは事実。9・11のテロが世界の無関心を告発した時のように。

 まだ世界は決して調和的ではない。あのくだらなさを増したように見えるバラエティが糊塗し、忘れようとしている現実を見よう。そこからしか再生は無い。そうすれば電力会社もスポンサーを降りるだろうよ。。

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