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「 ラ・マンチャの男 」

 ピーター・オトゥール主演の、有名なミュージカルの映画化作品 「 ラ・マンチャの男 」をDVDで観ました。
 セルバンテス(=オトゥール、ドン・キホーテ=アロンソ・キハーナと二役)は、”宗教裁判”についての芝居を大道で演じていたことで宗教裁判所により逮捕されて、宗教裁判を受けるために牢獄に入れられてしまいます。そこで、大事な脚本が、囚人たちによって焼かれそうになり、脚本を守るために、牢獄の中で囚人たちといっしょに演劇を始めます。その物語こそ、有名な騎士「ドン・キホーテ」の物語でした。(アルドンサ=ドルシネア役はソフィア・ローレン。)

 物語は、舞台に見立てた牢獄と、ロケで撮影された場面の両方で進んで行きます。当時40代のオトゥールは、ドン・キホーテの老けたメークは、それなりに馴染んで老人らしいのですが、老けた演技はやはり演技なので、そこはかとなくオトゥール自身の若さが滲んで見えて、老いぼれた騎士ドン・キホーテにしては、騎士の威厳や品は感じられるのですが、滑稽さが少し足りなく、少し土台が若くきれいすぎるかなあと思いました。本当にメークも、演技も舞台出身のところがこの物語に合っていて、不満はないのです。でも、もっと実年齢が近くなってから演じたら、”悲しき顔”の騎士と呼ばれるドン・キホーテの、滑稽さによって醸し出される悲哀感がもっと強く出て、そのことによって彼の持つ正義感が更にひきたったのではないかと思います。

 芝居の後半で、囚人のひとりが宗教裁判に呼び出され、芝居が中断した時、「なぜ詩人は異常者が好きだ?」と聞かれて、セルバンテスが、「 似てるのだ 」と答えるシーンがあります。そして、「(人生を)ありのまま受け入れろ 」と言われて、自分のこれまでの人生を振り返り、兵士や奴隷だった経験から、悲惨に死んでいった者たちのことを 「 彼らは人生をただ受け入れてきた 」「 そして死んだ 」「 ただ当惑して ”なぜ” と問いながら死んだ 」「 ”なぜ死ぬか” ではなく ”なぜこんな人生を” と問いながら 」「 異常とは現実的すぎる事 夢を持たぬ事 」「 正気を通す事 」そして、「一番の異常は人生をそのまま受け入れることだ 」と答えます。最初の方のシーンで、「 この世こそ牢獄 」「 欲望ばかりで満たされる事はない 」と言い、「(自分は)理想家だが夢想家ではない 」と言う。 このセルバンテスの言葉を聞いて見るドン・キホーテの物語は、やはり感動的だ。そして、彼とサンチョというコンビを創作したことだけでもセルバンテスは偉大だと思う。 

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代表作はそれではないでしょう

 少し前に、大島弓子さんのマンガ原作の映画、「 グーグーだって猫である 」が封切られて話題になりましたが、 昔、彼女のマンガのコアなファンだった者としては、彼女の代表作はそれじゃないでしょうという気がする。彼女の作品のあの独特の雰囲気を映画で表現するのは難しいと思うけれど、「グーグー」は、私は余技的作品だと思う。映画化するのはそれではないでしょうと思う。

 ひさしぶりの更新なので、今回は、ご挨拶程度の記事ですが。

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