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映画「バッテリー」のTV放送を観て

 映画「バッテリー」がTV放送されたのを観て感じたことを少しだけ書きます。

 映画の放送そのものは、カットされているシーンやエピソードがかなりあって、なんか細かなニュアンスが失われていて、がっかりしたのですが、やはり、NHKが制作、放送したドラマよりも映画のほうが数段いいです。それは、まず、主人公たちの野球が”本格的”だという点に尽きます。そして、あの年齢の少年のきらきらしたピュアさも映画のバッテリーのほうが、よく表現されていたと思う。

 それはさておき、「バッテリー」には、強力な母性=巧の母親が登場します。そして、その母との関係が巧の屈折の主な原因でもあるのですが、「バッテリー」にはその母性とのバランスを取るように、巧の祖父という、ゆったりと大きな父性が登場します。( 釜爺=ゲド=菅原文太。 )この祖父の飄々とした存在が、父親の弱い父性を補い、強力な母親との関係で切れそうになる巧のセイフティーネットとなっているのです。巧の母について、あの母親はなんだ、という感想をよく見かけますが、病弱な子どもを持つ母親がああなってしまうのは、私にはよくわかります。巧にとっては、それは母性の負の側面そのものなのですが、彼は、それにおしつぶされるほど柔な子ではないのですが、それでも内面に屈託を抱え込まざるを得ない。だからこそ、祖父の存在が重要なのです。

 ※参考記事

 映画「バッテリー」

 少年がいる (映画「バッテリー」より)

 映画「 バッテリー 」の母子関係から考えたこと、あるいは「空気を読め」について

 

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