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「 文学はひとを救わない 」

 というタイトルを付けましたが、もちろん、「優れた文学にはひとを救済するちからがあります。」 でも、中途半端な文学(ドラマなども含む)は、ひとを救わないどころか、ある種のひとびとにとっては毒であったり、ひとびとをミスリードしてしまったりします。中途半端なリアリズムによって現実を描いたものの多くは、そういう現実を乗り越えようようとする勇気をひとびとに与えるよりも、リアリズムに留まることによって、ひとびとをその不完全な現実の肯定に留まらせます。それは一種のニヒリズム、退廃であると思います。「芸術」 において、価値があるのは 「リアルであること 」ではないのです。芸術の価値はもっと高次な次元のものです。
 
 「文学はひとを救わない」という感想を持たざるをえないような表現を目にすると、私の興味はそれらから離れる。そんななか、”渋谷の夫バラバラ殺人事件”のことを調べていて、家族カウンセラー中尾英司さんのブログに辿り着いて、氏の、「 渋谷夫殺害事件-法廷証言でたどる歌織被告の真実 」 という、懇切丁寧なレポートを読んで、ニュースやTVのワイドショーの解説などでは知ることのできない、あの事件の(歌織)被告の「 精神的真実 」 、―中尾氏によって

歌織被告は、あくまで『ここに至るまでの彼との生活をわかってほしかった』のである。
と表現されている( これは哀しい言葉です )―を知ることは、その相手をこの世から抹殺するほどひとを追い詰める凄まじいDVの現実と、その心理を知ることができます。そして、その蟻地獄にからめとられて身動きできなくなってしまった彼女が、決して特異な女性では無いこともわかります。興味のあるかたは、上のリンクからぜひ訪問してみてください。

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