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私がドラマ「歌姫」を評価する理由 ⑧~大人の選択、昭和の情緒~

 最終話、静かなオープニング。(あのタイトルバックと主題歌が大好きだった私としては、最後にもう1回見たかった聞きたかった気もするが、最終話のシリアスな展開には合わないためなのでしょうか。どちらも無し、でした。)オリオン座には、意識の戻らない太郎のことを心配して皆が様子を伺いに来ていた。鈴は太郎に付きっ切りで看病していた。釜谷先生に、意識を取り戻した時に記憶がどうなるか、意識を失う直前に一瞬でも昔の記憶を取り戻したようなら東京の家族を呼んでおいたほうがいい、と言われる。勝男は美和子に電報を打ったと皆に言う。食卓では明るくふるまう鈴。別の小さなテーブルで食べていた晋吉に、太郎がいないのでいっしょに食べるように言う鈴。
 昔のことを思い出しながら、意識の戻らない太郎に、「ふたりでやろうや、たろたろりんりんりんて、うちなんぼでも山猿みたいになるき」と話しかける鈴。太郎のことを心配して見舞いに来た松に頼んで、映画を見せるために太郎をオリオン座に連れて行く。太郎の代わりにジェームスが映写室でフィルムを廻し、意識の戻らない太郎に客席で話しかける鈴。そんなふたりを見て、松は勝男と浜子に、ここで自分を働かせてくれるように頼む。その夜、美和子と親分が土佐清水に到着する。さば塩前でタクシーを降りた美和子に、鯖子が「皮肉なもんちやね」と言う。美和子が到着したと伝えに来た浜子に、鈴は「やっと看病から解放されるがやね」と強がりを言って自分の部屋に戻る。自分の部屋で座り込む鈴に、浜子に伴われて太郎の部屋に入る美和子のシルエットが見える。眠っている太郎の手をそっと握しめる美和子。座ったまま太郎への手紙の入った封筒を見つめる鈴。翌朝、意識を取り戻した太郎は、美和子の顔を見つめ、その手を静かに握り返した。うれしそうに微笑む美和子。
 太郎が意識を取り戻したと聞いたゲルマンたちが尋ねて来るが、鈴は美和子といろいろ話しているので邪魔したらいかんと言う。太郎のここでの記憶がどうなったかはまだわからないと言う。そこにメリーがロシアを連れてやって来る。ロシアは、メリーに子どもができたと知って、東京の両親に結婚の許しをもらいに行っていたと言うのだ。自分のそそっかしさをみんなにあやまるメリーに、鈴は、「これは太郎ちゃんにとって幸せなことやき」と言う。
 茶の間に集まった岸田家の皆のところに、美和子と親分があいさつに来る。太郎は、ここでのことを覚えてない、東京に戻る、と言っていると告げる。呆然とする皆。話を聞いているうちに堪らなくなって席をはずす鈴。あいさつを済ませた美和子は鈴のところへ向かう。美和子があこがれの女性だったと言う鈴。美和子と親分は先に中村に戻ると言う。ロビーに戻って太郎への手紙を破る鈴。荷作りをして白いスーツといつもの赤いシャツではなく青いシャツに着替えた太郎は家の中をひとつひとつ見回しながら洗面所に来ると、鏡に映った自分の顔を見つめて髭を剃る。ロビーで、これは太郎にとっていいことだと自分に言い聞かせるように呟く鈴のところに、太郎が荷物を持ってやって来る。太郎は、「自分、及川勇一と申します。」「はじめまして。」と初対面のように礼儀正しくあいさつをする。その言葉を聞いて、思わず涙がこぼれる鈴。自分と美和子が幼なじみだったことなどを鈴に話す太郎に、思わず「太郎ちゃん」と呼ぶ鈴。一生懸命これまでのことを太郎に話して妹として礼を言う鈴。そんな鈴がロビーから出て行く時、礼を言って頭を下げ、出て行くのを見届けて頭を上げた時の表情が、勇一から涙をこらえているような太郎に戻っていた。映写室に荷物を取りに来た太郎に、ジェームスが初対面のようにあいさつして礼を言おうとすると、太郎は「ジェームス」と呼んで、映画を作る夢を叶えるようにと土佐弁で話しかける。太郎のここでの記憶が失われてないことを知ってびっくりするジェームス。太郎は昔の記憶も今の記憶も失われてないと言う。皆には黙っておくように言う太郎に、鈴のことは?と尋ねるジェームス。太郎は、自分には東京に「さくら」という「歌姫」になりたいと言っている娘がいる、と言う。これからは、その娘のために生きるつもりだ。「わしの惚れた腫れたなんぞ二の次じゃ」と。鈴の気持ちは、と言うジェームスに、自分の姫さんは、まだ見ぬ娘だと言う太郎。(そう言う前に少しの間、そして涙。)なぜ自分にだけ話したのか、と言うジェームスに、「わしのほんまの気持ちを知っちゅう人間やきね」と言う太郎。太郎は、メリーがもし落ち込んでいるようなら、このことを誰にも言わない約束をして教えるようにと言って、うつむいて泣いているジェームスにソフト帽をかぶせて去る。ジェームスは太郎が去ったあと部屋残っていたあるものに気付く。ロビーに降りて、感慨深げに周囲を見回す太郎。岸田家の人々がロビーに入って来る。礼を言う太郎に、ひとりづつ別れのあいさつをしていく。涙、涙。(ここの皆の演技は感情がこもっていて、とてもいいです。)浜子が鈴には合わんかったかえ、と尋ねたとき、鯖子が入って来る。「太郎っ、楽しかったねや、ほんまに楽しかったねや、がんばるがぞっ、がんばるがぞっ、(最後は優しく頷きながら、)がんばるがぞ。」太郎、泣くのをこらえるような表情で、あいさつしてロビーを出て行く。頷く鯖子。オリオン座の玄関にうつむきがちに佇む太郎。太郎を見詰める松。松を見詰めながら近づく太郎。すれ違う時に一瞬、唇の端を上げて笑うような表情。小さく「えっ」と言って振り向く松。去っていく太郎の後姿を見送る松。(クラプトン流れ始める)
 太郎がバス停に着いて、中村行きのバスの切符を買っていると、ゲルマンたちやメリーやロシアや万次や町の人たちがやって来て、「フレーフレーたろうーっ、フレーフレーたろうーっ、」と去っていく太郎のバスにエールを送り始める。バスの中で涙を堪える太郎。浜でしゃがみこんでいた鈴は太郎の乗ったバスが動き始めたのを見て、走ってバスを追っかけ始める。「太郎ちゃ~ん、太郎ちゃ~ん、」と呼ぶ鈴の声に気付いた太郎。振り向きたいのを堪えて泣く太郎。最後にバスに向かって手を振る鈴。(幼い鈴の「たろうちゃんはどっからきたが」、「どういてもっていうがやったらけっこんしてやってもええけんどねえ~」や「たろうとす~ずでたろたろりんりんりん」や「ずっとずっとうちの太陽でおってな」と言うセリフが流れる。)映写室で晋吉に「あっけない別れやったぜよ」と言う勝男。「来週からの上映、南国土佐をあとにしてですよ」と映画のポスターを見ながら言う晋吉。勝男が休憩室でぽつんと座っているジェームスに気付く。ジェームスはオリオン座のロビーで、皆に、記憶が戻る直前に太郎が鈴にプロポーズするつもりで、そのための脚本を書いていたことを言う。浜子 「太郎は、あん子は鈴といっしょになりたかったがか~」、泉 「鈴の想いは届いちょったがやね」、勝男 「読んでくれんかの」。ジェームス、太郎の脚本を読み始める。バスの中で泣いている太郎と、肩を落として泣きながらとぼとぼ帰る鈴の映像。よくできた太郎のプロポーズの脚本のバックに、これまでの太郎と鈴のいろんなシーンが流される。(脚本は途中から太郎の声になる。)聞きながら泣く岸田家の人々。最初は涙、そして涙のあとの放心状態と、太郎の顔が脚本の進行に連れて段々落ち着きを取り戻して来る。鈴も泣き続けているが、歩きながら帰るうちに少し落ち着いたように見える。そして太郎の脚本が終わり、夕焼けの中、バスが海に向かって右にカーブを曲がり見えなくなる前に、落ち着きを取り戻した太郎はかすかに微笑む。

 2007年冬、とり壊されるオリオン座の前で、東京のさくらと電話で話す松中。その傍らを電動椅子で通る鯖子の姿。松中は映画館に懐中時計の忘れ物があったこと、さくらは旭が土佐清水で映画を観て帰ってきてから、男らしくなったこと、今は映画制作会社に勤めていて、ジェームス太郎、脚本、監督、芥川ただし、音楽監督で「青春」という映画を制作しようとしていること、そして「歌姫」上映のお礼を言う。(海沿いに立つ鈴と松の墓の映像。)
 クリスマス前の師走の街を走る旭。カレー屋の前で立ち止まるが、誰かと待ち合わせているらしく時計を見て入るのをあきらめる。クリスマスの飾りつけのある広場で待ち合わせの相手を捜す太郎。オレンジ色のコートを着た若い女性とぶつかり、彼女の真珠のネックレスの紐が切れて飛び散る。謝って真珠を拾い始める旭に、その若い女性は、「古いものなので気にしないでください。バッタものらしいです、これ」と言う。そして、ふたりは、偶然ぶつかった相手が待ち合わせの相手(小泉旭と松中ルリ子)だと知る。旭に懐中時計を渡して帰ろうとするルリ子を呼び止める旭。(「青春」流れ始める。)懐中時計のお礼とネックレスをこわしたお詫をしたいと言う旭に、ルリ子 「何かご馳走してくれます。」、旭 「よろこんで」、鈴 「うれしい!」、「実は今日、誕生日だったんですけど、ひとりだったんで」と言うルリ子。何がいいか、と聞く旭に「カレー」と答えるルリ子。(太郎や鈴たちの「歌姫」の映像。)楽しそうに師走の街に消えて行く旭とルリ子。

 四万十川に流れ着いた男が記憶を失い、ユートピアのような土佐清水の町での十年で癒されて、男がそこで愛した女に結婚を申し込もうとしたその時に、失われた過去の世界からの使者が現れ、その世界の想いの籠められたブローチと懐中時計によって、もう一度流れ着いた男は、両方の記憶を取り戻した。太郎の記憶がある彼は、鈴を愛していた。でも、目を覚ました時に、美和子の手をそっと握り締めたように、妻への静かな愛も残っていた。どちらを取っても、片方は傷つく。男の決断は、子どものために、現在の恋を諦めることだった。大人の選択です。つまらない、古いと思われるでしょうか。自分の「惚れた腫れた」を一番にする大人が多い現代において、このような決断をする主人公を登場させたことは、とても意味のあることだと思います。本当の大人とは、「快楽と慰めと興奮をすぐに手に入れたいという願望に支配されない人間」だからです。。(※参照記事「大人とは・・」)言い換えると「自分の欲望のためではなく、誰かのために生きることを選んだ者」だと言えるかもしれない。そういう人生の素晴らしさを描いたドラマです。
 それともう1点、私が「歌姫」に惹かれるのは、勝男や浜子のセリフなどに見られる、「昭和の情緒」とでも言うような、現代では失われてしまったひとの細やかな感情が表現されているところです。それらが、とても懐かしく心地よいのです。例を挙げると、最終話、松がオリオン座に現れて、勝男と浜子に自分を助けてくれた礼を言ったとき、勝男が「いやいや、こんなところで野垂れ死にされたらかなわん思うただけやき」と言うところ。この言葉には、松に気を遣わせまいとする勝男の気遣いがあります。そして、このような含みのある言葉のやりとりには、本音ばかりが横行する現在では、ほとんど聞かれない豊かさがあります。それを聞くのが心地よかったのです。現代では、「好き」と言ったらそれはただの「好き」であり、「嫌い」と言ったらただの「嫌い」でしか無い。そのため、「本音」と言う名の幼稚な残酷さばかりがもてはやされているのです。私たちが今、ドラマや映画の「昭和」が気になるのは、自分たちが失ってしまったそういう豊かさへの憧憬があるのではないでしょうか。

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