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スマスマのジェーン・バーキン ( 追記あり )

 それまで、眠くて眠くてたまらなかったのが、そうだ、今日はジェーン・バーキンだった、と思い出して、ビストロスマップを見たら、一気に眠気が吹っ飛びました。ナチュラル! ナチュラル! 日本のTVで久し振りに、あんなナチュラルな女優さんを見ました。化粧気は無し、服はセーターにパンツにスニーカー、髪はボサボサ風、メガネかけてたし。日本食を食べに来た、と言うことで、「かつお節」 や「納豆」 をフランスに持って帰りたいと、アラン・ドロンなら絶対言わないだろうことを言ったり、メンバーへのプレゼントにエルメスのバーキンが2個出てきたのにもびっくりしましたが、それを彼女が踏んづけ始めたのには大笑いしました。イギリス生まれらしいですが、”The フランス人”って感じで、見るのも、会話を聞くのも楽しかったです。
 
 アメリカでは、「バーキン」と名乗ると、「バッグと同じね」って言われたそうです。「バッグのほうが自分より有名だった」と言っていました。

 追記:現在のジェーン・バーキンのルックスを見て、若かりし頃と比較してがっかりしているひとが多数いるみたいですが、私は、今の彼女が本来の彼女なんじゃないかなと思ってます。昔のロリータ的な彼女は、多分にゲンズブールの好みに合わせていた部分があったんではないかと最近思います。

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私がドラマ「歌姫」を評価する理由 ⑧~大人の選択、昭和の情緒~

 最終話、静かなオープニング。(あのタイトルバックと主題歌が大好きだった私としては、最後にもう1回見たかった聞きたかった気もするが、最終話のシリアスな展開には合わないためなのでしょうか。どちらも無し、でした。)オリオン座には、意識の戻らない太郎のことを心配して皆が様子を伺いに来ていた。鈴は太郎に付きっ切りで看病していた。釜谷先生に、意識を取り戻した時に記憶がどうなるか、意識を失う直前に一瞬でも昔の記憶を取り戻したようなら東京の家族を呼んでおいたほうがいい、と言われる。勝男は美和子に電報を打ったと皆に言う。食卓では明るくふるまう鈴。別の小さなテーブルで食べていた晋吉に、太郎がいないのでいっしょに食べるように言う鈴。
 昔のことを思い出しながら、意識の戻らない太郎に、「ふたりでやろうや、たろたろりんりんりんて、うちなんぼでも山猿みたいになるき」と話しかける鈴。太郎のことを心配して見舞いに来た松に頼んで、映画を見せるために太郎をオリオン座に連れて行く。太郎の代わりにジェームスが映写室でフィルムを廻し、意識の戻らない太郎に客席で話しかける鈴。そんなふたりを見て、松は勝男と浜子に、ここで自分を働かせてくれるように頼む。その夜、美和子と親分が土佐清水に到着する。さば塩前でタクシーを降りた美和子に、鯖子が「皮肉なもんちやね」と言う。美和子が到着したと伝えに来た浜子に、鈴は「やっと看病から解放されるがやね」と強がりを言って自分の部屋に戻る。自分の部屋で座り込む鈴に、浜子に伴われて太郎の部屋に入る美和子のシルエットが見える。眠っている太郎の手をそっと握しめる美和子。座ったまま太郎への手紙の入った封筒を見つめる鈴。翌朝、意識を取り戻した太郎は、美和子の顔を見つめ、その手を静かに握り返した。うれしそうに微笑む美和子。
 太郎が意識を取り戻したと聞いたゲルマンたちが尋ねて来るが、鈴は美和子といろいろ話しているので邪魔したらいかんと言う。太郎のここでの記憶がどうなったかはまだわからないと言う。そこにメリーがロシアを連れてやって来る。ロシアは、メリーに子どもができたと知って、東京の両親に結婚の許しをもらいに行っていたと言うのだ。自分のそそっかしさをみんなにあやまるメリーに、鈴は、「これは太郎ちゃんにとって幸せなことやき」と言う。
 茶の間に集まった岸田家の皆のところに、美和子と親分があいさつに来る。太郎は、ここでのことを覚えてない、東京に戻る、と言っていると告げる。呆然とする皆。話を聞いているうちに堪らなくなって席をはずす鈴。あいさつを済ませた美和子は鈴のところへ向かう。美和子があこがれの女性だったと言う鈴。美和子と親分は先に中村に戻ると言う。ロビーに戻って太郎への手紙を破る鈴。荷作りをして白いスーツといつもの赤いシャツではなく青いシャツに着替えた太郎は家の中をひとつひとつ見回しながら洗面所に来ると、鏡に映った自分の顔を見つめて髭を剃る。ロビーで、これは太郎にとっていいことだと自分に言い聞かせるように呟く鈴のところに、太郎が荷物を持ってやって来る。太郎は、「自分、及川勇一と申します。」「はじめまして。」と初対面のように礼儀正しくあいさつをする。その言葉を聞いて、思わず涙がこぼれる鈴。自分と美和子が幼なじみだったことなどを鈴に話す太郎に、思わず「太郎ちゃん」と呼ぶ鈴。一生懸命これまでのことを太郎に話して妹として礼を言う鈴。そんな鈴がロビーから出て行く時、礼を言って頭を下げ、出て行くのを見届けて頭を上げた時の表情が、勇一から涙をこらえているような太郎に戻っていた。映写室に荷物を取りに来た太郎に、ジェームスが初対面のようにあいさつして礼を言おうとすると、太郎は「ジェームス」と呼んで、映画を作る夢を叶えるようにと土佐弁で話しかける。太郎のここでの記憶が失われてないことを知ってびっくりするジェームス。太郎は昔の記憶も今の記憶も失われてないと言う。皆には黙っておくように言う太郎に、鈴のことは?と尋ねるジェームス。太郎は、自分には東京に「さくら」という「歌姫」になりたいと言っている娘がいる、と言う。これからは、その娘のために生きるつもりだ。「わしの惚れた腫れたなんぞ二の次じゃ」と。鈴の気持ちは、と言うジェームスに、自分の姫さんは、まだ見ぬ娘だと言う太郎。(そう言う前に少しの間、そして涙。)なぜ自分にだけ話したのか、と言うジェームスに、「わしのほんまの気持ちを知っちゅう人間やきね」と言う太郎。太郎は、メリーがもし落ち込んでいるようなら、このことを誰にも言わない約束をして教えるようにと言って、うつむいて泣いているジェームスにソフト帽をかぶせて去る。ジェームスは太郎が去ったあと部屋残っていたあるものに気付く。ロビーに降りて、感慨深げに周囲を見回す太郎。岸田家の人々がロビーに入って来る。礼を言う太郎に、ひとりづつ別れのあいさつをしていく。涙、涙。(ここの皆の演技は感情がこもっていて、とてもいいです。)浜子が鈴には合わんかったかえ、と尋ねたとき、鯖子が入って来る。「太郎っ、楽しかったねや、ほんまに楽しかったねや、がんばるがぞっ、がんばるがぞっ、(最後は優しく頷きながら、)がんばるがぞ。」太郎、泣くのをこらえるような表情で、あいさつしてロビーを出て行く。頷く鯖子。オリオン座の玄関にうつむきがちに佇む太郎。太郎を見詰める松。松を見詰めながら近づく太郎。すれ違う時に一瞬、唇の端を上げて笑うような表情。小さく「えっ」と言って振り向く松。去っていく太郎の後姿を見送る松。(クラプトン流れ始める)
 太郎がバス停に着いて、中村行きのバスの切符を買っていると、ゲルマンたちやメリーやロシアや万次や町の人たちがやって来て、「フレーフレーたろうーっ、フレーフレーたろうーっ、」と去っていく太郎のバスにエールを送り始める。バスの中で涙を堪える太郎。浜でしゃがみこんでいた鈴は太郎の乗ったバスが動き始めたのを見て、走ってバスを追っかけ始める。「太郎ちゃ~ん、太郎ちゃ~ん、」と呼ぶ鈴の声に気付いた太郎。振り向きたいのを堪えて泣く太郎。最後にバスに向かって手を振る鈴。(幼い鈴の「たろうちゃんはどっからきたが」、「どういてもっていうがやったらけっこんしてやってもええけんどねえ~」や「たろうとす~ずでたろたろりんりんりん」や「ずっとずっとうちの太陽でおってな」と言うセリフが流れる。)映写室で晋吉に「あっけない別れやったぜよ」と言う勝男。「来週からの上映、南国土佐をあとにしてですよ」と映画のポスターを見ながら言う晋吉。勝男が休憩室でぽつんと座っているジェームスに気付く。ジェームスはオリオン座のロビーで、皆に、記憶が戻る直前に太郎が鈴にプロポーズするつもりで、そのための脚本を書いていたことを言う。浜子 「太郎は、あん子は鈴といっしょになりたかったがか~」、泉 「鈴の想いは届いちょったがやね」、勝男 「読んでくれんかの」。ジェームス、太郎の脚本を読み始める。バスの中で泣いている太郎と、肩を落として泣きながらとぼとぼ帰る鈴の映像。よくできた太郎のプロポーズの脚本のバックに、これまでの太郎と鈴のいろんなシーンが流される。(脚本は途中から太郎の声になる。)聞きながら泣く岸田家の人々。最初は涙、そして涙のあとの放心状態と、太郎の顔が脚本の進行に連れて段々落ち着きを取り戻して来る。鈴も泣き続けているが、歩きながら帰るうちに少し落ち着いたように見える。そして太郎の脚本が終わり、夕焼けの中、バスが海に向かって右にカーブを曲がり見えなくなる前に、落ち着きを取り戻した太郎はかすかに微笑む。

 2007年冬、とり壊されるオリオン座の前で、東京のさくらと電話で話す松中。その傍らを電動椅子で通る鯖子の姿。松中は映画館に懐中時計の忘れ物があったこと、さくらは旭が土佐清水で映画を観て帰ってきてから、男らしくなったこと、今は映画制作会社に勤めていて、ジェームス太郎、脚本、監督、芥川ただし、音楽監督で「青春」という映画を制作しようとしていること、そして「歌姫」上映のお礼を言う。(海沿いに立つ鈴と松の墓の映像。)
 クリスマス前の師走の街を走る旭。カレー屋の前で立ち止まるが、誰かと待ち合わせているらしく時計を見て入るのをあきらめる。クリスマスの飾りつけのある広場で待ち合わせの相手を捜す太郎。オレンジ色のコートを着た若い女性とぶつかり、彼女の真珠のネックレスの紐が切れて飛び散る。謝って真珠を拾い始める旭に、その若い女性は、「古いものなので気にしないでください。バッタものらしいです、これ」と言う。そして、ふたりは、偶然ぶつかった相手が待ち合わせの相手(小泉旭と松中ルリ子)だと知る。旭に懐中時計を渡して帰ろうとするルリ子を呼び止める旭。(「青春」流れ始める。)懐中時計のお礼とネックレスをこわしたお詫をしたいと言う旭に、ルリ子 「何かご馳走してくれます。」、旭 「よろこんで」、鈴 「うれしい!」、「実は今日、誕生日だったんですけど、ひとりだったんで」と言うルリ子。何がいいか、と聞く旭に「カレー」と答えるルリ子。(太郎や鈴たちの「歌姫」の映像。)楽しそうに師走の街に消えて行く旭とルリ子。

 四万十川に流れ着いた男が記憶を失い、ユートピアのような土佐清水の町での十年で癒されて、男がそこで愛した女に結婚を申し込もうとしたその時に、失われた過去の世界からの使者が現れ、その世界の想いの籠められたブローチと懐中時計によって、もう一度流れ着いた男は、両方の記憶を取り戻した。太郎の記憶がある彼は、鈴を愛していた。でも、目を覚ました時に、美和子の手をそっと握り締めたように、妻への静かな愛も残っていた。どちらを取っても、片方は傷つく。男の決断は、子どものために、現在の恋を諦めることだった。大人の選択です。つまらない、古いと思われるでしょうか。自分の「惚れた腫れた」を一番にする大人が多い現代において、このような決断をする主人公を登場させたことは、とても意味のあることだと思います。本当の大人とは、「快楽と慰めと興奮をすぐに手に入れたいという願望に支配されない人間」だからです。。(※参照記事「大人とは・・」)言い換えると「自分の欲望のためではなく、誰かのために生きることを選んだ者」だと言えるかもしれない。そういう人生の素晴らしさを描いたドラマです。
 それともう1点、私が「歌姫」に惹かれるのは、勝男や浜子のセリフなどに見られる、「昭和の情緒」とでも言うような、現代では失われてしまったひとの細やかな感情が表現されているところです。それらが、とても懐かしく心地よいのです。例を挙げると、最終話、松がオリオン座に現れて、勝男と浜子に自分を助けてくれた礼を言ったとき、勝男が「いやいや、こんなところで野垂れ死にされたらかなわん思うただけやき」と言うところ。この言葉には、松に気を遣わせまいとする勝男の気遣いがあります。そして、このような含みのある言葉のやりとりには、本音ばかりが横行する現在では、ほとんど聞かれない豊かさがあります。それを聞くのが心地よかったのです。現代では、「好き」と言ったらそれはただの「好き」であり、「嫌い」と言ったらただの「嫌い」でしか無い。そのため、「本音」と言う名の幼稚な残酷さばかりがもてはやされているのです。私たちが今、ドラマや映画の「昭和」が気になるのは、自分たちが失ってしまったそういう豊かさへの憧憬があるのではないでしょうか。

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私がドラマ「歌姫」を評価する理由 ⑦~あざとさから遠く離れて~

 十話、東京へ帰る前に中村でクロワッサンに会った美和子は、鈴のことが好きなクロワッサンに太郎と鈴はお似合いだからふたりの邪魔をしてはいけない、と言って東京へ帰って行った。がっくりするクロワッサンに久松は、早く金を集めて来いと言う。美和子が帰って鈴と太郎の恋を応援していたジェームスも、太郎がいなくなるのではと怖れていたゲルマンたちもホッとしていた。皆は、太郎が土佐清水に残ったことを祝う宴会を計画していた。鈴は、美和子と太郎の娘の話を聞いて以来、考え込む風で、ずっと元気が無い。そんな鈴を勝男や浜子、そして太郎も心配していた。そんなある日、太郎にのど自慢大会で優勝し、松に言われて太郎を刺そうとしたが、太郎にいさめられて改心したあの芥川ただしから手紙が届く。上京してストリップ小屋で下働きをしながら、専属歌手として唄い続けていたところ、レコード会社の関係者の目に留まり、デヴューを前提に歌のレッスンを始めたところだと言う。(芥川のエピソードは最終話の旭の現代シーンにまでつながる。)メリーのバーで喜ぶ太郎たちに、メリーがうれしそうにロシアとの間に「ややこできたちや」と報告して、皆はさらに喜ぶ。(ここでタバコ家のチン毛さんの名前が大浜万次だということが初めてわかる。それまでは名前を覚えてもらってなかったのが、あとのロビーのシーンで勝男によって初めて「万次」と名前で呼ばれるが、実は映画「歌姫」の監督でもある。脚本は勿論ジェームス。)
 元気の無い鈴に、太郎は自分の記憶が戻りつつあること、けれどここでの生活を忘れているわけではないと言う。「だいじなことを全部思い出してもここにおれるがやろうか」と言う鈴に太郎は「わしにとって一番大事ながは今の生活やきね」と答える。そこに松が現れて、太郎に金を集めて来いと言う。日本一の極道になって鈴を幸せにすると言うクロワッサンに、鈴は、愚連隊とかやくざとかは大嫌いだ。極道とは関わりあいたくないので、ここにはもう来ないでくれ、ときっぱり言う。鈴に振られたクロワッサンをメリーに連れていった太郎は、松の両親が広島でピカの犠牲になったことを聞く。そして松は太郎に、お前ごときの愛情では鈴は幸せにはなれん。自分は鈴のことをあきらめない、と言う。家に帰った太郎は、鈴に告白しようと鈴の部屋に行くが、鈴にキスしようと顔を近づけると、ゴリラネタの「たろたろりんりん」でごまかされてうまくいかない。
 オリオン座のロビーでゲルマンたちが、太郎を囲む会の計画を話し合っているところへ、メリーが血相を変えて入って来た。ロシアが「とうきょういきます」と言う手紙を残していなくなってしまったと言うのだ。一方、中村のキャバレーで、松は久松に堅気になりたいと申し出る。久松は「いかん」と言うが、松の決意は固い。組のみんなに取り囲まれる松。
 オリオン座のロビーでは鈴が買い物に行こうとしていた。ついつい子どもに目が行く鈴。その時、きゃーと言う叫び声がして、ぼこぼこにされて大怪我をしたクロワッサンが杖を突いてロビーに入ってきた。鈴に、組を抜けて来た。自分は愚連隊でもやくざでもない、堅気だと言ってから倒れ、皆に病院に運ばれて行った。鈴は、「うちがやくざきらい言うたきや。」と言ってあとを追って出て行く。床に残った松の血を見ながら、「あいつはまっこと男の中の男ぜよ」と言う太郎に、ジェームスは、感心している場合ではない、すぐに鈴に結婚を申し込むべきだ、鈴はそれを待っている、と言う。それを聞いた太郎は、「鈴はわしみたいな男といっしょになってくれるかのう」と呟く。
 浜で考え込む鈴のところに鯖子がやって来た。鯖子は美和子と太郎の間に子どもがいることを知っていた。そのことで悩む鈴に、「わしらは、丸顔(美和子)の勇気ある決断を快く受け入れればそれでえいんじゃ」と言う。その言葉に鈴の顔が少しふっきれたように明るくなった。
 映写室で、鈴へのプロポーズの言葉に思い悩む太郎に、ジェームスはプロポーズの脚本を書いてみてはどうかと言い、太郎もそれに賛成し、出来たらジェームスが手直しをする約束をする。(最初は鯖子とジェームスのコンビがよかったが、後半は太郎とジェームスのコンビがよい感じを出してました。)その日の晩御飯は久し振りに鈴の作ったライスカレーだった。映写室の隣の休憩室でプロポーズの脚本を書く太郎のところに、鈴が食事の用意ができたと呼びに来るが、大事な仕事中なのであとで食べると言う太郎。メニューが鈴のカレーだと聞いて食べようかどうしようか迷う太郎と鈴のやりとり。結局、「ライスカレーとはちゃんと向き合わんとねや」、「みんなにおかわり禁止や」と言うように伝えてあとで食べることにする。行こうとする鈴に「なんちゃあないき」と言う太郎。「なんやも~」と言う鈴。(息の合ったふたりのやりとりを聞くのもこれが最後になってしまった。)シナリオ作りに行き詰った太郎は、「その場に行ってみんとねや」と言って港に行く。空にはオリオン座。太郎の回想シーン。ここは、太郎と鈴のセリフがクラプトンの「Change The World」の歌詞の和訳になっている。(私が「歌姫」の中でも大好きなシーンです。)

 鈴 「ほいたら、もし太郎ちゃん王様になれたらどうするが?」

 太郎 「そうやねや、 おう、鈴をお妃様にしてやるぜよ」

 

 太郎 「この世の中を変えることができたらねや、

     この世の中をもしわしの思う通りに変えることができたらねや、

     わしが鈴の世界の太陽の光になっちゃるき」(もちろんバックにクラプトン)

 「鈴の太陽になってやらんといかんねや」、と呟いて懐中時計を海に捨てようとする太郎。その時バーメリーの戸がばたんと開いてメリーが出て来た。思い詰めた顔で崖に佇むメリー。不審に思った太郎はメリーのあとを追って崖に行く。「死んでしまいたいちや」と言うメリーに、自分が土佐清水の皆に守ってもらったように、その子は皆で育てればえいやろ、と言ってメリーを思いとどまらせて連れて帰ろうとしたその時、太郎の手から懐中時計が海に転がり落ちそうになる。咄嗟に時計に手を伸ばした太郎は、足をすべらせて、そのまま転落してしまう。血相を変えて岸田家にやって来るメリー。鈴や勝男、晋吉たちは一晩中、岩場や海を捜すが見つからぬまま夜が明ける。翌日、浜で鈴は流れ着いて流木に引っ掛かっている太郎を見つける。手にはしっかり懐中時計が握られていた。勝男と鈴は太郎が生きていたことに喜ぶが、砂浜で、一瞬意識を取り戻した太郎は、「自分はここで何をしているんでしょうか」と10年前に四万十川に流れ着いて記憶を失った時と同じセリフを言う。驚く勝男と鈴。その時、太郎の耳に爆撃音、飛行機の墜落する音が聞こえ、叫び声を上げて耳をふさぐ太郎。そんな太郎を見て涙をこぼす鈴。最終話につづく。

     

 

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私がドラマ「歌姫」を評価する理由 ⑥~あざとさから遠く離れて~

 七話、美和子の涙が頭から離れない鈴。一方太郎と美和子が結婚していたと知った浜子は、勝男とふたりで鈴の気持ちを考えて悩んでいた。たくあんを切れば全部つながっていたり、それを太郎にからかわれても乗ってこず、食卓で東京の話題が出ても、美和子の話題が出ても関心なさそうにする鈴が、太郎をはじめ、理由が美和子だと知っている勝男と浜子も気になって仕方がない。美和子は親分に一旦東京に戻って長期滞在の準備をしてからまた帰って来ると言って東京に帰った。そんななか、鯖子が、美和子が太郎の奥さんだと言いふらしていることがわかる。勝男は鯖子に言いふらすのをやめるように言いに行ったが、逆に「それで誰が幸せになるがじゃ」これは太郎と美和子にとって「とんでもない奇蹟ぜよ」と言われて黙る。勝男は美和子の境遇と共通点のある鯖子の過去を知っていた。(今回のクラプトンは勝男の語る若い日の鯖子の回想シーンだった。)太郎は、まだ美和子が妻であることを知らなかったが、鈴に「どこにも行かんといてや」と言われたり、泉と鈴が太郎の記憶が戻ったら土佐清水に来てからの記憶が失われるかもしれないという話をしているのを聞き、そして鈴がそうなったら「こじゃんとさみしいちや」と言うのを聞き悩んでいた。ある日、神社にお参りに行った鈴は、そこに現れた松に、太郎と美和子が夫婦だったことを聞かされて、ショックで家に逃げ帰ってくる。映写室から降りて来てロビーでぼんやりしている鈴の涙に気付いた太郎は、今度中村にいっしょにライスカレーを食べに行こうと言いながら手ぬぐいで優しく涙を拭いてやると、鈴は「うちがつくったライスカレーの味ずっとずっとわすれんでや」と言う。そのころ美和子は決意を胸に東京から帰って来ていた。今回の「たろりん」は、太郎の回想の中で、幼い鈴が太郎を元気付けようと始めたたろたろりんりんの紹介だった。そんな太郎のところにジェームスがあわてて訪ねて来る。「これからたいへんなことになると思うき」と言って。そのあとに鯖子が美和子を伴って訪ねて来る。鯖子は太郎に美和子と話し合うように言って帰る。バーメリーでジェームスに美和子が太郎に会いに行っていることを聞いた鈴は走って帰るが、ふたりのいるロビーには入れない。(ここで流れる音楽は切なくていいです。「惚れぬいた相手には生まれかわって必ず出会える」と言う太郎のセリフは、太郎と鈴=旭とルリ子の未来を予言している。)そして美和子が太郎が自分の夫だと告白するのを聞く。涙がこぼれる鈴。ついに怖れていたその日が来たと。美和子との記憶を失っている太郎は驚くばかり。
 今回、六話で登場したロシアのキャラ、(変な日本語をしゃべり勝男に「意外と鬱陶しい奴ぜよ」と言われる)が明らかになる。ゲルマンとロシアの決闘も例によって未遂に終わる。ロシアとメリーのカップルは、太郎と鈴の運命を変える出来事に関わることになる。愛(メリー)のために東京から土佐清水へ来たロシア。

 八話、美和子から自分の本当の名前は及川勇一だと聞かされた太郎は、その夜美和子の話を聞いていたロビーの椅子に座ったままの姿で朝を迎える。鈴も同じく自分の部屋で座ったまま朝を迎える。翌朝、いつものように明るくふるまう太郎。鈴が掃除をしにオリオン座の外に出ると、映画館をのぞき込んでいる美和子がいた。勇一の好物だったという「いぶりがっこ」という秋田の漬物を持って。漬物を持って食卓にもどった鈴は、漬物を食べながら明るく振舞うが、太郎は当惑している皆の雰囲気を察して、漬物に手をつけない。オリオン座に訪ねてきた親分や美和子の話によると、太郎は東京帝大出身のインテリで、父親は東京の市会議員で、勇一の将来の夢も政治家だったと言うことだった。しかし両親は東京の空襲で死亡し、現在の勇一は天涯孤独の身であるという。美和子は昼間は近くの食堂で働き、夜は太郎と話すためバーメリーで待っていると太郎に伝えるが、美和子のことを思い出せない太郎は乗り気ではない。一方、鈴は太郎が本当に勇一かどうか確かめるために、美和子に会いに行く。メリーで美和子から勇一の話を聞き、美和子の持っている勇一の写真を見た鈴は、太郎は勇一であると確信する。(ここで、のど自慢大会での太郎のギターの謎が解ける。勇一はギターを弾くのが得意だった。)とぼとぼ帰る鈴を太郎が迎えに来た。「ほんまにわしって決まったわけやないろう」と言う太郎に鈴は「決まりちや」と太郎が勇一であると断言する。複雑な太郎。その様子を見ていた美和子は鈴と太郎の想いに気付く。一方、やくざをやめて政治家になると決めた山之内の親分のもとに、網走の刑務所から久松の兄貴と呼ばれる険しい目つきの男が帰って来ていた。
 太郎は鈴に中村にいっしょに行かないかと尋ねるが、鈴は「行かんほうがえいろう。うちも今どうしたらえいかわからんきねえ。」と答える。ジェームスから太郎と鈴は想い合っている仲だと聞いた美和子は鈴に会いに来て、鈴の気持ちを確かめようとするが、鈴は美和子に精一杯平静を装って自分と太郎はなんちゃあない、納得いくまで太郎と話をしていってくれ、と言うが、部屋に帰ると泣き出してしまう。美和子は鈴の太郎への想いを確信する。そのあとロビーに降りてきた太郎は美和子に自分が持っていた懐中時計のことを尋ねると、美和子は、それは自分が勇一の二十歳の誕生日に贈ったものだと言い、美和子が付けているひまわりのブローチは勇一が自分の二十歳の誕生日にプレゼントしてくれたものだと言う。そして自分にも何か夢が合ったのかと尋ねる太郎に、美和子は、勇一の夢は父の跡を継いで政治家になることだったと言う。それを聞いても自分が及川勇一だという実感が湧かない太郎。そんな太郎に、松は山之内の親分に代わって一家を構える久松の兄貴に仕えて日本一の極道になり鈴にプロポーズすると言う。その夜、誰もいない台所で、こっそり美和子の持って来たいぶりがっこを一口食べて、そのしょっぱさに驚く太郎。
 翌日、歩いていて急にお腹が痛くなった泉を慣れた感じで介抱する美和子。(これは美和子に子どもがいることの伏線だった。)美和子に泉の件の礼を言う太郎だが、美和子には正直他人としか思えんと言ってしまう。家に帰ると、鈴が太郎にもらった真珠のネックレスを無くしてしまったと泣いている。鈴を自分の部屋に連れて行った太郎は、あのネックレスはクロワッサンらに騙されて買ったバッタものだったと言い、こっそり本物と交換しようと思っていたと言う。安心した鈴はバッタもののネックレスをうれしそうに見つめて、「うちはこれでえいき」と言う。(バックにクラプトン流れ出す。)太郎にネックレスを着けてくれと言う鈴。太郎がネックレスを着けようとしてふたりの顔が近づいた時、鈴は思わず太郎にキスしてしまう。(音楽止まる。この演出は「歌姫」らしくてよかった。)そんな鈴を太郎はそっと抱き締める。(切なさと甘さでは切なさのほうが少しだけ多かったかも。鈴と太郎の距離が接近した今回、たろりんは、「そのフリじゃたろたろりんりんはできんき」と鈴が言って無し。)

 九話、食事ができたと呼ばれてあわてて茶の間に来るふたり。(鈴のことをさりげなく気遣う太郎がいい。)舞い上がっているらしく様子が可笑しい鈴を笑いながら見つめる太郎。食卓では泉の生まれて来る子どもの話題が。社長は男の子が欲しいのかという太郎に、浜子はうちには男の子は太郎がいるからと言う。部屋に帰ってもどきどきして変な行動をする鈴。(が可愛い。)一方、太郎は茶の間で勝男たちと今夜はとことん飲もうと言ってはしゃぐ。そんな太郎に勝男もとことん付き合うと言う。メリーで、来てくれない太郎を待つ美和子は、メリー相手に勇一との思い出を話し始める。そんな美和子に女として共感するメリー。翌日、ゲルマンたちにいつまでいるのかと言われて戸惑う美和子。一方ジェームスは太郎と鈴がキスしたと知って喜ぶ。オリオン座に勇一の好物ハンバーグを差し入れに行った美和子は、泉が産気づいたと知って映写室から降りて来た太郎に、自分から逃げないできちんと向かい合ってくれ。あんたには私と向き合う義務があると言う。その日、泉には女の子が生まれて感激の涙を流す晋吉、皆も大喜び。(ここで、鈴は山で拾われて来た山猿のネタで「たろりん」が、そして太郎は川で拾って来たというネタで「うちではな、子どもはな、どっかで拾って来るからな、」「勝男と浜子でうちら夫婦でございます。もう30年」が披露される。たろりんに比べると間とか乗りがいまひとつなのは御愛敬。)その晩、太郎は勝男の助言もあって決心してメリーのバーへ美和子に会いに行く。そのことを勝男から聞いた鈴は医者の釜谷先生のところへ行き、のど自慢大会で太郎が急にギターを弾いて歌い出し、そんな自分にまったく疑問も抱いてないことを話すと、太郎は昔と今の記憶が混じりあっているか、あるいはギターを弾けない自分を忘れている=徐々に今の生活を忘れているのかもしれないと言われる。美和子をさば塩まで送っていった太郎は、美和子に泊まっていってくれと言われるが、太郎はそれはできんぜよと言って帰って来る。
 山之内の親分に別れを告げる松は、自分は久松のところで日本一の極道になって好きなおなごを幸せにするつもりだと言う。親分は、お前に極道は向いてない、命を大事にするように、と言う。
 新作の封切の日、オリオン座にはゲルマンたちや鯖子やジェームスが映画を観にやって来た。ゲルマンは出産祝いの鯛を持って来た。そこで子どもの名前のことが話題になる。太郎は男なら旭、女ならルリ子と付けると言い日活アクションで来たかと盛り上がる。子どもを「誰と作りたいがじゃ」と太郎に迫る鯖子。(太郎と鯖子、ジェームスのショートコント風やりとりだが、いつもながら鋭い鯖子。)その様子を外から眺めていた美和子に浜子が気付いて、浜子の誘いで浜子と美和子は浜で話すことになる。普段は元気そうに見えた太郎が10年間悩んでいたこと、苦しんで生きて来たこと、太郎が美和子と東京へ行くのが幸せなら自分らはそれを邪魔するつもりはない、と言う浜子に美和子は勇一の命を救ってくれたこと、大事にしてくれたことの礼を言う。(この時の浜子のセリフ、「これはほんまよ」と美和子に礼を言われたあとの「ほいたらね」は浜子の気持ち―息子同然の太郎の母親としての寂しさ―が籠められていました。)考え込む美和子に鯖子が、太郎を本気で連れ戻す気が無いなら自分が傷付いていくだけだ、帰った方がいい、と言う鯖子。(いつもながら真実をずばりと突いて来る鯖子。)
 久松におだてられて土佐清水で金を集めて来いと言われる困惑する松。岸田家では、晋吉が付けた「華」と言う子どもの名前をめぐって、太郎が祖父が命名するのがしきたりやったろうと言い出して皆は当惑する。太郎の記憶が徐々に戻って、太郎がいなくなった時のことを考えると寂しさが増す勝男と浜子。晋吉と泉は、鈴に太郎に自分の気持ちを伝えることの重要さを伝えて鈴を励ます。それを聞いて太郎に手紙を書く鈴。手紙を書きながら、まるで太郎に宛てたような海岸に流れ着いたメッセージボトルの手紙を読む昔の自分と太郎のことを回想する鈴。その時の太郎の言葉を思い出しながら。勝男から岸田家には子どもの名付けに関するしきたりは無いと聞き、記憶が戻りつつあるのではないかと聞かされた太郎は、記憶が戻ってもここでの生活を忘れてない、「それはめでたいことぜよ」と言い、「ここに残るがか」と尋ねる勝男に「当たり前ぜよ」と言って、美和子に昔の家のしきたりを聞きにメリーに出かける。(バックに流れ出すクラプトン。)その頃、さば塩に山之内の親分が現れて、美和子に勇一を東京にいっしょに連れて帰る、自分の政界進出に勇一を巻き込みたい、と言う。勇一にとって東京の生活はここでの生活よりはるかに幸せだと言って。一旦は同意する美和子だが、勇一を連れて帰るために訪ねたオリオン座のロビーで、美和子は親分に、今の太郎は勇一とは違う人間であり、無理矢理連れて帰っても幸せにはなれない。ひとりで東京に帰ると言う。(ロビーでの演技はいつも舞台的でいいですね。そしてメリーでのゲルマンらと楽しそうに飲んでいる太郎のカットが美和子と親分の会話に挟まれるのも効果的。)そんな美和子に親分は、勇一と美和子の娘「さくら」のことはどうするのかと問うが、(「青春」の間奏流れ始める)美和子は、さくらは父親は死んだと思っているので、いままでどおりひとりで育てると言う。映写室でさくらの話を聞いてしまった鈴の手から太郎への手紙が落ちる。(鈴の独白のあとから「青春」2番のボーカルが入って来る。)さば塩の前で太郎に会った美和子は太郎にさよならを告げて東京に帰っていく。十話につづく。

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私がドラマ「歌姫」を評価する理由 ⑤~あざとさから遠く離れて~

 「歌姫」五話、四話の最後の太郎と松との対決シーンの続きは、松に、ふたりが恋人というのは嘘やろうと突っ込まれて困っていたところに鯖子が現れて、松を強制的に旅館に連れ帰ってくれたので事なきを得た。るんるんで部屋にもどる鈴。翌朝、洗面所で「オンリー・ユー」をハミングしながら歯を磨く鈴。そこに太郎が現れて、何となく気恥ずかしいふたり。トイレでこの様子を聞いていた勝男はやっと鈴の気持ちに気付き、浜子と泉に相談し、三人は太郎の気持ちを聞きに映写室へ向かう。そこで、逆に太郎の方から三人にある話があったらしい。翌朝、クロワッサンを持った松がオリオン座に現れて、産休を取って訪ねて来た泉の夫晋吉にふたりの関係を聞き、ふたりは恋人ではないと聞き大喜びする。一方、勝男たち三人と太郎の話を小耳にはさんだ鈴は、みんなが太郎の気持ちを知りながら自分にだけ隠しているのではないかと気が気でない。晋吉より太郎が中村に行くと聞いた鈴はこっそり太郎のあとを付け、中村の「歌姫」という喫茶店に入るが、太郎は鈴に気付かなかったばかりか、派手で怪しげな女といそいそと店から出て行ってしまい、浜でがっくりしている鈴を鯖子がなぐさめ、食べていた魚肉ソーセージを分けてくれる。 (ここまでの演技で気に入ったのは、色んな箇所での勝男のちょっとした動きや間の取り方などです。冒頭の太郎と酒を飲むところの雰囲気の出し方とか、翌朝のトイレで鈴の気持ちに気付くところはちょっとマンガ的過ぎるかなと思いましたが、鈴が中村に出かける前に新聞を読むのを止めて立ち上がるところの動きとか、遅くに家に帰ってきた鈴を演技で叱るところは昭和のお父さんらしい迫力でしたし。あとは、鯖子が鈴にソーセージを勧めておきながら、自分のほうが短いと知って鈴の分とわざわざ交換する時の鈴を見る表情とかが、いかにもって感じで最高でした。太郎と鈴に関しては、朝の洗面所での「今朝は、ず、ず、ずいぶんはやいねや」のあいさつとか、冒頭のクロワッサンとの対決後のふたりの会話、

 太郎 「わしと鈴が恋人どうし言うがも ・・」

 鈴 「うん、ありえんよね 」

    (ちょっとした間があって)

 太郎 「(少しがっかりした様子で) ありえんやろう」

 鈴 「けんどうれしかったちや。(バックにクラプトン流れ始める)うちは太郎ちゃんが嘘でも恋人や言うてくれてうれしかったちや 」

 に見られるふたりのセリフの間の取り方などの息が合っていていい感じでした。)

 しょんぼりしながら帰ってきた鈴は、勝男に叱られてさらにしょんぼりしながらロビーに入って行くと「お誕生日おめでとう」の声。なんと太郎が鈴に秘密で計画した、鈴の二十歳の誕生日のサプライズパーティの会場でした。感激する鈴に、太郎はさらに今日、中村で買ってきた誕生日プレゼントの真珠のネックレスを渡す。よっぱらった鈴と太郎の息の合った「たろたろりんりん」をうれしそうに見つめるジェームス。夜、太郎が子どもの頃の約束を覚えていてくれたことを思い出して、さらに感激する鈴。そして次の月曜日に中村へ新作のフィルムをいっしょに取りに行く約束をするふたり。何かを決意したように、中村行きの当日、白いスーツで出かける太郎。鈴もネックレスを付けてるんるん。太郎は鈴に「話がある」から「歌姫」という喫茶店で待つように言う。鈴がどきどきしながら喫茶店で待っていると、クロワッサンが秋田なまりの女性と入ってくる。その女性は松たちが「バッタもんの真珠のネックレスを売っている」「やくざ」ではないかと言って怒っている。彼女に手を焼いて親分を呼びに帰る松。鈴は、もしかしてこのネックレスも「バッタもん」と不安になっていると、その女性が鈴に話しかけてきて、よい旅館を知らないか、と聞かれる。太郎が喫茶店にやって来ると、その女性に連れ出されて鈴の姿はなく、女性の座っていたソファーにひまわりのブローチが。それを拾い上げる太郎(バックに「青春」流れ始める)。

 六話、喫茶「歌姫」で鈴に会えなかった太郎は、松の連れて来た山之内の親分に出会う。親分は太郎を見て何かを感じたらしく話があると言う。るんるんで出かけたのに太郎とはぐれてしまい、「太郎の大事な話」も聞けずがっくりの鈴。謎の女性に旅館「さば塩」を紹介して疲れて帰って来る鈴。しばらくするとオリオン座にその女性が訪ねて来る。一方、太郎は山之内の親分とすっかり意気投合する。親分はやくざ稼業から足を洗い、政治家に転身すると言う。帰り際の松や愚連隊らとのやりとりで、太郎は鈴へプレゼントした真珠のネックレスがバッタもんだったことを知る。一方、さば塩の例の女性、美和子が大事なブローチを落としてしまったことに気付く。そのバックには、軍服姿の太郎らしき若い男の写真が。
 翌日、鈴は太郎の「話」の内容が、太郎は鈴のネックレスのことが気になっていた。オリオン座には東京からメリーが東京で流行っているというフラフープをおみやげに持ってくる。メリーと鯖子がフラフープを競い合っていると、そこにメリーの恋人だと言う金髪の大男がやって来る。それを見た太郎はあれはロシア人ではないかと言う。鈴はロシアの軍人を知っているという太郎の言葉がひっかかる。その日の昼ごろ、美和子が鈴を食事に誘いに来る。彼女は山之内の親分の知り合いで、親分に誘われて中村に遊びに来たらしい。翌日東京に帰るという美和子と鈴はその晩飲む約束をする。太郎が美和子のブローチを拾ったことを知り、美和子が土佐清水にいることを知った親分は、その晩オリオン座に訪ねて来る。太郎にブローチのことを尋ねる親分。そして「他人の空似か」と呟いてさば塩の美和子のもとへ向かう。その言葉にびっくりする鈴。その夜、酔いつぶれて帰ってきた太郎を部屋まで運んでいった鈴は、太郎に背中から寄り添われるように倒れ込んだそのままの姿勢で一夜を明かす。翌朝の楽しそうなふたり(猿山ネタのたろたろりんりん)、幸せそうな鈴。(バックにクラプトン。)その日の昼間、鈴が喫茶コーナーにいると美和子が落ち着かない様子でやって来る。いつもと様子の違う美和子。そこに太郎が買い物から帰って来る。(ここのスローモーションは効果的でした。)驚く美和子。そして涙。びっくりする鈴。美和子は太郎にブローチを拾ってくれた礼を言うが、太郎はやって来たジェームスといっしょに映写室に行ってしまい、がっくりする美和子。太郎を見詰める美和子の只ならぬ様子に不安になる鈴。美和子は注文したミルクティーも飲まずに帰ってしまう。外には山之内の親分が待っていた。親分にどうだったと尋ねられ、美和子は、「なにもかも勇さん(夫)ではない」と一旦言ったすぐそのあとで、「間違いなく勇さんだわ」と言う。買い物から帰って来てふたりの様子を見ていた浜子が、ふたりに昔の太郎の知り合いかと尋ねると、親分は美和子が太郎の「女房ですき」と言う。驚く浜子。七話につづく。

 

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私がドラマ「歌姫」を評価する理由 ④~あざとさから遠く離れて~

 前回、一話、ニ話を振り返った時は続けるつもりは無かったのだが、その勢いで全話振り返ってみようと思う。

 三話、メリーのガセネタからゲルマン救出に中村に向かった太郎の留守に、オリオン座に噂のクロワッサンの松が現れ、「松中」と名乗り、法外なみかじめ料を要求する。(ここでもクロワッサンやエスプレッソを注文したりして、勝男との間で軽いボケをかましてはいたのですが、この時点ではとりあえずまだシリアスな狂犬でした。それと、フランスかぶれらしく着ているスーツやソフト帽は上質そうでなかなかのお洒落だということがわかります。)一方、太郎とゲルマンは、メリーの勘違いによって口ゲンカをし、メリーのバーで102回目の決闘の約束をしますが、これはお約束ということで、ここは、太郎とゲルマンのテンポのよいセリフのやりとりを楽しむ趣向だと思います。クロワッサンの紹介とともに、太郎とゲルマンの友情がこの回のおもなテーマですから。それと、松は勝男たちに「これから末永くよろしく頼んますわ。」と、今後の伏線のようなセリフを言っています。オリオン座ではジェームス・ディーンの「理由なき反抗」が封切となり大入となるのですが。(映画は、映画音楽のみの紹介でした。)そして、食卓シーンでは、ゲルマンの差し入れの魚をめぐって、太郎の食べる食べないのやりとり。(長瀬君はこういう芝居がほんとうにうまいです。)一方、松はゲルマンを抱き込んで太郎を刺させようとしますが、その噂を聞いても、太郎のゲルマンへの信頼と友情は揺らぎもせず、ふたりは友情をさらに深めることになります。(これは前回の岸田夫婦の太郎への思いに続いて、太郎と太郎を取り囲むひとびととの愛情の絆を示すエピソードです。今回のクラプトンは浜で太郎にゲルマンが抱きつくシーンで流れ始めました。)今回の「たろたろりんりん」は、太郎に気持ちを伝えたい鈴ですが、太郎にいつもの「山猿ネタ」の「たろたろりんりん」でごまかされて伝えることができないというふたりの間の縮まらない距離の象徴でした。鈴の恋を応援する姉、泉によって太郎の気持ちの一端を聞かされた鈴は喜びます。そして、クロワッサンとのみかじめ料の約束の期日が来て、太郎と対面したクロワッサンは、そのヘタレ振りを全快にさらしてしまいます。おまけに、初対面の鈴にひと目惚れしてしまい、それまでの態度を豹変させて、もちろん、みかじめ料の話も、あっさり引っ込めることになります。

 四話、頭で、クロワッサンのヘタレ振りと豹変ぶりが、岸田家やメリーのバー、ゲルマンたちとの会話のなかで話題になります。メリーのバーで、勝男の、浜子との結婚前の失敗した夜這いのエピソードを聞いた太郎は、急に心配になって、鈴に木刀を渡し、きっちり戸締りをするように言います。(ここのふたりの演技ー鈴が怒っていると感じてしまうような太郎の真剣さに鈴への思いが現れていますーはいいですし、次回太郎とクロワッサンとの対決のあとで鈴が思い出してニヤけるシーンにつながります。)理由なき反抗を気どる神宮寺君に「ふたりは付きあっちゅうがでしょう」と言われて、みんなの前では否定するふたりですが、クロワッサンの強引で幼稚なデートの申し込みを断りきれずOKしてしまう鈴に、周囲はやきもき、太郎は表面上は平気な振りを装っていて、しかもデートの当日太郎は鈴のいて欲しいという頼みを振切って出かけてしまい、鈴はショックを隠せません。太郎は、実はみんなに知られないように、クロワッサンの訪問を実力で阻止していたのですが。そうとは知らず拍子抜けしたみんな、夕食時の岸田家では、太郎の行動を知らない鈴を始め、浜子も不機嫌を隠せません。この後、ロビーで鈴が太郎に不満な気持ちを爆発させて、バケツの水をぶっかけて飛び出して行きます。(このシーンも太郎の人間の器の大きさを感じさせるいいシーンです。)飛び出したまま帰らない鈴を心配して捜しに来た太郎は、メリーのバーで酔いつぶれている鈴を見つけて背中におんぶして帰ります。バックに流れるクラプトン。(このシーンもとてもいいです。その前の初めてのやけ酒シーンの鈴の初々しさ、可愛らしさもよかった。鈴の自分への思いに気付きながら踏み出せない太郎の葛藤とは別に、次のシーンにつながるふたりの思いがあふれて来る情感あふれるシーンでした。)そして夜這いに忍び込んだ松に怒り、太郎は思わず「鈴はわしの恋人なんじゃ」と言ってしまいます。驚きとともに喜びを隠せない鈴。(こういうシーン、長瀬君、佐藤君ともにそれぞれ感じの出し方がうまいですね。鈴の隠せない喜びの表現もよかったし。) 五話につづく。

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私がドラマ「歌姫」を評価する理由 ③~リアリズム考~

 さて、「ガリレオ」だなんだと騒いでいた世間は、それらをさっさと消費すると、次の消費物を求めてきょろきょろしているようで、せわしないと言うか虚しいと言うか。「歌姫」のあの岸田家の食卓シーンやメリーのバーのシーンを、昔のドラマみたいに一年間くらいずーっと見ていたかったなあ~と思うこの頃です。

 そんなわけで、昨日の続きで、「リアリズム」あるいはドラマのリアリティというものについて、つれづれな感じですが、少し考えてみたいと思います。「歌姫」を語るのに、一部で評判の悪かった一話とニ話を思い出しながら。一話、二話、私は充分おもしろかったので、つまらなかったという意見にはまったくピンと来ないし、わかりにくかったという意見もけっこうあったのにも、そこまで落ちたか、と唖然としたのですが、まず、ドラマ冒頭、最終話につながるけっこう重要な現代部分、舞台は東京、孫の旭が登場して、ヘタレ振りを発揮して婚約者に振られます。旭の母の昭和の「歌姫」さくらが登場しますが、まだタイトルとの関連は謎です。祖父の写真はここでは出てきませんが、形見の懐中時計が出てきます。父親の死によって歌手を引退することを決意したさくらのすすめで、わけもわからず「歌姫」という映画を土佐清水まで観に行くことになった旭は、高知に飛んでそこからはるばる土佐清水のオリオン座という古ぼけた映画館を訪れます。館主は松中と名乗る中年男性、観客は老人ばかりのさびれた映画館です。旭は松中から、オリオン座の最後の上映作品を「歌姫」にすることが最近亡くなった母親の遺言だったと聞き、また松中の受けた携帯電話の話の内容から、彼の娘のルリ子が自分と時を同じくして婚約者に振られたことを小耳にはさんでびっくりします。旭とルリ子。(ここで最終話の展開を予測した人は多かったと思います。)ここまでが現代シーンで、ドラマは昭和30年代の太郎が活躍する土佐清水に移ります。旭の見ている映画のパンフレットの写真の中の主人公(太郎)が昔の映画の画面の(雨が降っているような)質感で動き出す過去への場面転換は鮮やかでした!(ここまでで何か問題ありますか? 何もないですよね。)太郎と岸田家の面々、そしてゲルマンたち漁師仲間と順々に主要なキャストと、そのキャラクターが紹介されていきます。日活映画、裕次郎の「嵐を呼ぶ男」がオリオン座で上映されます。(ドラマで使われていた映画のシーンは山之内一家との関連にひっかけてありなかなかうまかったです。)さて、そしていよいよその次に私のツボだった鯖子と神宮寺君コンビのシーンとなります。空手チョップを繰り出す鯖子、可愛く逃げる神宮寺君、最高コンビの誕生です。(個人的にこのふたりは、一話、二話のからみが最も面白かったと思います。)そして、メリーのバーシーンで、太郎と鈴の「たろたろりんりん」が紹介され、夜道を帰るほほえましいふたりの他愛無い会話、翌朝の岸田家のちゃぶ台での食事シーンでの卵焼きをめぐるやりとりのテンポのよさ、そしてのど自慢大会に向けてクロワッサンの松の送り込んだ愚連隊と歌手の卵の芥川とのからみや鈴の練習シーン、(映画館での練習シーンでの鈴の舞い上がりを流れ続けるアコーディオンの哀愁あふれるメロディで表現した演出は昭和っぽくて好きでした。そして、のど自慢大会本番、黄色いワンピースから伸びる健康的な鈴の脚、流れ続けるアコーディオンの音色、練習の時と同じく舞い上がる鈴。(鈴は意気込みも空しく歌姫にはなれませんでした。)そしてラストのクラプトン。芥川役の秋山竜次の演技の素晴らしさ共々この一話、何の文句がありましょうや?(この昭和の情緒を受け取る感性が失われた、あるいは、それほど難解とも思いませんが、いちいちセリフで「自分は今悩んでいるだあ~!!」とクドく説明するようなドラマしか見れないひとが多いのでしょうね。)

 そしてニ話、いよいよ優勝候補の芥川の歌、(昭和歌謡の名曲「アカシアの雨がやむとき」という選曲の渋さ!個人的に今回の一番の注目)、そして鯖子with神宮寺君の力道山風応援と出し物の短歌+太鼓に大笑いし、いよいよ太郎の「監獄ロック」のギターと唄(この謎はまだしばらく美和子の登場まで残ることになる)、刺客となった芥川と太郎のやりとりは、クスッとした笑いもあり、ふたりの演技、演出もよく、この回のクライマックスでした。その芥川も挙げた中村の狂犬と呼ばれるクロワッサンの噂。(しかし、その実体は三話ラストまで謎のままだ。)そして、唐突なゲルマン拉致の噂をメリーが。(これは次回のクロワッサンのオリオン座訪問と太郎の記憶が回復する事件にも関連して来るのですが。)

 こうして一話と二話を振り返ってみて、何か問題ありますか?私には何も問題は無いように思われます。私はシリアスなドラマの存在を否定するものではありません。でも、それはただのリアリズムであり、この、色んなことががちがちに固まっている現状の肯定であり、それは現状肯定という名のニヒリズムに陥る危険を伴います。「歌姫」が描いているのは、私たちが失ってしまったひととひとのかかわりにおける大切なもの、細やかなひとの感情の機微。岸田家の食卓や団欒シーン、メリーのバーのシーン。岸田家のシーンでの高田純次、風吹ジュン演じる勝男と浜子夫婦の醸しだす雰囲気は、「三丁目」の堤、薬師丸夫婦には絶対出せないものです。そのことは、太郎という魅力的なキャラクターとともに「歌姫」の大きな魅力であるということは声を大にして言っておきたい。(感情の引き出しの少ない俳優ばかりの最近のドラマは、演技というものがないがしろにされ過ぎていると思う。)そしてニヒリズムや伝えたいことの無いシニカルさに陥らない笑いは、現実を生延びるための力となります。「歌姫」の笑いと明るさはそういう類のものです。だから、私は冒頭に挙げたシーンだけでも一年間くらい続けて見ていたかったのです。現実をただ写し取っただけのドラマではないドラマを観たい。そしてそういうドラマにリアリティを与えるのは、俳優たちの演技です。

 とりあえず、今日はここまでとします。
 

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私がドラマ「歌姫」を評価する理由 ②~意味の無いシニカルさからも幼稚なナルシシズムからも遠く離れて~

 以前に書くと予告しながら、暮れにメモ書き程度の記事をアップしたきりになっている「歌姫」関連記事ですが、なんか、まだドラマの余韻を楽しんでいる状態なので、というか作品を素人が説明、分析などという野暮なことをしたくないという気がしていて、なかなか書けないでいます。

 「歌姫」についての評価のなかで、わかった風な批判や「意味不明」なほどの拒否反応や否定などを時々見かけますが、そして私はそれらはまったくピントがずれた意見に思えるのですが、そこまでの否定ってなんだろうと逆に興味深かったたりするのです。で、自分は、それらの意見にまったく影響はされないのですが、その辺りから考えてみようかとも思うんですが、まあ「そんなの関係ねェ~!」というのが基本なんで、どこまで続くかですが・・。それらの否定の勢いが逆に現代の状況をあぶり出している(そんな大げさなもんか?)気もしたりするので。

 食べ物でもなんでも、マスコミ情報とかに影響されやすい現代人が陥りやすい好き嫌いや嗜好の特徴に、悪い意味での観念性があると思う。何か(の食べ物でもなんでも)を嫌う、その嫌い方が”観念的”なのだ。「歌姫」の嫌われ方を見ていると、どうもそういうものを感じる。私は昭和30年代を少しばかり知っています。子どもだったから、ぼんやりとですが。だから、知った風な、「30年代はこうだった」、という批判に観念性を感じてしまうのです。「歌姫」のおもな舞台、オリオン座のオープンセットやロビーのセットは、私には、昭和そのものに思えます。一話で、現在のオリオン座に旭が入って行くところから、物語に引き込まれたのはあのセットの持つ力でもあったと思います。何回も書きますが、「三丁目の夕日」のプラスティックな昭和よりもずっと生き生きとした昭和を感じます。そして、あの明るさ、これも何度も書きますが、その明るさは、太郎のように悲しみを内に抱えた明るさであり、それを、知りながら、皆がその悲しみを思いやりによってそっと包み込んだ明るさだったと思う。そうしないと生き延びれなかった明るさ。それが「歌姫」というドラマ全体を包んでいる基本のトーンです。それが愛おしい。
 傷ついた太郎を励ますために幼い鈴が考えた昭和の夫婦漫才風ギャグ(たろたろりんりん)をうざったいと感じてしまう心性こそ、現代という”伝えたいことのないシニカルさ”が蔓延している時代への過剰適応から来ているものであり、私はそれは一種の未熟さから来ていると思うし、勿論、ドラマの見方として間違っている。(ドラマ中での相武=鈴と長瀬=太郎のたろたろりんりんは相武紗季ちゃんが関西出身ということもあって、間とか乗りとかのふたりのコンビネーションが絶妙なのです。それは1回だけ演じられる高田、風吹のそれと比較するとよくわかる。)
 
 いちいち書いていると正直うんざりしてきます。これらの感覚は、20年前なら、説明しないでも、あうんの呼吸で今よりも多くのひとの感性の基盤に共通なものとしてあったものだと思うからです。それが無くなってしまった。それはフジのドラマに代表されるような視聴率至上主義の軽いドラマが主流となってしまったことによると思う。そして、多くの大人の視聴者が、民放ドラマから離れてしまった。今回「歌姫」がきちんと評価されないと、ますますその傾向は強まってしまうと思う。大人が出てこない、出てきても、(今回いくつか見られた中年男が若い女に憧れるという設定のような)「自分の惚れた腫れた」を一番に考えるような未熟な大人と若者しか出てこない恋愛物にうんざりしていた私にとって、「歌姫」は久しぶりに大人が描かれていたドラマでした。
 
※大人の定義については以前gooに「大人とは・・」と題して少し書きましたので参照してみて下さい。

 それは、フジ的ドラマが意図的に捨象してきた要素であり、「退行したこどものような大人」と「耳年増の不遜な子ども」ばかりという社会全体が思春期化している現在において、本当の大人を描こうとするならば、過去に遡るしかないのだろう。ドラマの世界だけでなく、廻りを見回しても、若い男女の恋愛模様にうっとりというか、自分が若い女性主人公に感情移入して若い男性アイドルにうっとりしている中年女性や、中年男性と若い女性の恋愛に憧れている中年男性ばかりなのである。そんな現代において太郎のような主人公を描いたことは稀有で貴重なことなのだ。太郎を始めとする「歌姫」の登場人物たちは、幼稚なシニカルさともナルシシズムとも無縁なのだ。そこが思春期真っ只中の”オトナたち”や若者たちには受けなかったのかもしれないですね。でも、その大人が描かれる物語に深く共鳴し感動したひとが数字に現れる以上に多数いたことは声を大にして言っておきたい!そしてそれを描くのに俳優長瀬智也のルックスと演技がぴたっとはまったことは言うまでもありませんし、さらにバラエティに富んだ脇役のキャスティングと趣のある彼らの演技も最近のドラマにはついぞ見られない素晴らしさでした。このドラマの本質的な部分を受け取れず、ドラマを表層的、感覚的にしか受け取れない視聴者が増えたこと、それは、この現代社会にどっぷりひたって育ってきた子どもたちはしょうがないとしても、”退行した”オトナたちの現状をあぶりだしているのではないでしょうか。何度も言いますが、意味の無いシニカルさ、ナルシシズムという幼稚さにとらわれないのが大人であると。

 時間が無くなりましたので、今回は、前の記事(時間が無いので簡単に書きます~私が「歌姫」を評価する理由~)で挙げた最後の点、「リアリズム」云々の点については、機会があったらまた項を改めて書くことにします。 

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あけましておめでとうございます

 あけましておめでとうございます。

 今回は紅白を観ました。と言っても、TOKIOの出演部分の前後ですけど。いやあ「青春」ヨカッタですね!長瀬君の髪もまだ短めで、最後のあいさつは何言ってんのか聞き取れませんでしたが、よかったです。鶴瓶師匠、サタケさんのお知り合いで、「歌姫」観ていたんですね。あの、あまり The 芸能人してない司会ともども、私の中で好感度アップしました。年始の特番とかCMとかで、長瀬君をいっぱい見ることができて、「あーっ、太郎ちゃんだ!」と喜んでいました。そういうところを見ても、業界内での評価は高かったのではと思います。あのドラマの他の出演者の皆さんにも幸運が訪れるといいな。

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