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時間が無いので簡単に書きます~私がドラマ「歌姫」を評価する理由~

 ドラマ「歌姫」についての関連記事を書くと予告してましたが、今のところそんなじっくり書く時間が無いので、(「歌姫」とはじっくり向き合わんといかんので・・、)メモ程度の覚書のような記事を、とりあえずアップしておくことにします。

 私が、「歌姫」を評価するのは、あの物語が、現代人&現代の日本の物語が陥っている、ナルシシズムという病、伝えたいことのないシニカルさという病、そして”クソ”(失礼)リアリズムという病のどれにも陥らずに、なおかつ”陳腐でない”物語を作りあげているからです。「歌姫」には大人が描かれてます。これは、"ほんまに"稀有なことです。そのことは正当に評価されなければならないと思います。

 太郎風に表現すると「 これは凄いことぜよ!」です。

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「歌姫」十一話(最終回)~やっぱり太郎ちゃんが好き!(追記あり)

 「歌姫」、久々にドラマで人々の細やかな感情を見せてもらいました。
 
 勝男が「あっけない別れやったぜよ・・」と言った、別れのシーンが好きでした。
 
 ほんとうに「歌姫」は最後まで・・・。
 
 1シーン、1シーンが、そのセリフが愛おしいです。

 鈴との別れのシーンで鈴がロビーから出て行くのを見届けて顔を上げ、勇一から太郎に戻ったところに

 グッときて、

 やっぱり「太郎ちゃんが好き!」と思いました。

 いい最終回でした・・。拍手です。

 とりあえずきょうはこの辺で、おやすみなさい。

 描かれなかった太郎と鈴や土佐清水の人々のその後の物語を、想いながら寝ることにします。


 追記:最終回、あれから何回かリピートしてますが、観る度に新しい発見があって、ますますよくなって来ます。何度観ても、鯖子の太郎を送る言葉辺りから涙がどーっと流れてきます。最初は、切なさと哀しさで一杯で見逃していた細部に気付くと、ますますよくなって来ます。バスで行く太郎をゲルマンや漁師たちやメリーやロシアたちが見送るシーンもジンとします。太郎と同じように泣いてしまいます。バスを追いかける鈴に気付きながら振り返らずに泣く太郎にジンと来ます。太郎の鈴への告白の脚本の出来にジンと来ます。それを聞いている岸田家の人々のセリフや表情にジンと来ます。そして、太郎の最後に見せる表情で少し落ち着いて、去っていくバスを包む夕焼けの美しさに落ち着いて、最後、現代の旭とルリ子の出会いにホッとして終わります。鈴が「松中さん」と呼んでいるクロワッサンと結婚するまでには、まだ長い時間がかかりそうですし、お互いを想いつつ別れた太郎と鈴も、勇一がもどってきた美和子も、優しい美和子には鈴に対する負い目が一生残ったでしょうし、それぞれそれなりに幸せな一生だったでしょうが、彼らの結婚は最初から100%の幸福に達することはなかったでしょう。


  鯖子 「 たろおっ、楽しかったねや、ほんまにっ楽しかったねや、

   がんばるがぞっ、がんばるがぞっ、がんばるがぞっ、」

  
  太郎 「ワシのほれたはれたなんぞ二の次じゃあ 」 (ジェームスに)


 1話から最終話まで観て、ドラマ「歌姫」が傑作であると確信しました。芥川や「のど自慢大会」もちゃんと最終話につながりましたし、まだまだ見落としている伏線がありそうですが。


 ※「歌姫」に関しては、関連でもう1個記事を書きたいのですが、いつになりますやら・・。


 

 

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映画「PEACE BED」

 ※ 「Happy Christmas (War Is Over) 」John and Yoko

 ジョン&ヨーコのベトナム反戦の平和運動(そのひとつとしての「PEACE BED」というパフォーマンス)や、それらの活動を通しての彼らの影響力を怖れて、ふたりを国外退去させようとするアメリカ政府とのバトルを、当時を知る関係者のインタビューや(ヨーコをはじめ、ふたりと交流のあった左翼の活動家や彼らと相対していたFBIの捜査官など)当時のジョンとヨーコの映像(コンサート映像や珍しいインタビュー映像もあり)によって構成した作品。ふたりがグリーンカードを取得するまでの、辛抱強い道のりなどもわかるし、まずロックンローラーであり芸術家である彼らと、彼の影響力を利用したい左翼活動家たちとの考え方のずれや、当時アメリカ政府から危険視されて、盗聴や尾行を受けて、実際に身の危険を感じ、ふたりの感じていた恐怖感、メディアから注目はされるが、理解されないことによる孤独感、(彼らの活動を皮肉っぽく批判するインタビューアーに、淡々と、そしてジョンらしい、ストレートさ、真摯さでジョンが答える様子などが使われています。)ヨーコはそういう当時の自分たちのことを 「自分たちはナイーブだった」と懐かしそうに振り返っています。

 ジョン・レノンのそういう側面やヨーコのことを胡散臭く敬遠するひとたちは、この映画のことも先入観を通してしか見られないかもしれませんが、そういう先入観があったとしても、当時の彼らの活動がとてもナイーブだったとしても、全篇のバックに流れるジョンの曲、そしてそれを唄うジョンの声の素晴らしさは否定できないと思います。ジョンの声は魂を揺さぶってくるようなパワーと力強さがあります。彼の声はロックそのものなのです。

 誰かが、「ジョンと比べると、ミック・ジャガーは、長髪で金持ちの不良でしかなかった(だからアメリカ政府にとっては脅威ではなかった)。」とコメントしていました。ジョンの死については、あっさりとしか触れられていませんが、ラストで当時の喪失感を思い出しました。この映画やジョンとヨーコのことを、政治の季節の波に利用された部分や、その活動のナイーブさをシニカルに批判することは簡単なことですが、当事者たちの証言から見えてくる真実もあったし、映像のなかのジョンの言葉や行動から、彼の本質的な部分が見えてくる映画でした。(先入観を排して見ることをおすすめします。)国を相手に闘うことは、それもアメリカのような国を相手に闘う事は私たちの想像以上に大変なことだと思うし、その大変さとともに、彼らのしたたかさを見ることができます。その部分には充分共感できると思います。

 

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「歌姫」 十話

 
 ひとつの想い、そして苦悩が蘇って、(その想いが時計で表現されていたのが印象的でした)もうひとつの想い、約束「太陽になる・・」はどうなるのか。太郎がいなくなるなんて、私自身が耐えられない・・。
 
 鯖子&ジェームス、そして再登場の芥川がいてくれてよかった。彼らのシーンとラスト数分までの太郎になごみました。いつまでも太郎を見ていたい自分がいます。

 タイトルの「一世一代の感動的なプロポーズ」ってそういうことだったのですね。

 あと一話、この物語を楽しみたいと思います。

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「歌姫」 九話

 例によって、とりあえず簡単な感想だけアップしておきます。(例によって、明日以降追記する予定です。)

 結末の予想は大体ついているので、そこに至るまでに、こちらをどう納得させるのか、その過程を味わう、(そのためには役者たちの演技が重要になってくる)ドラマだと思います。そのための全十一話なので、その全部を観て初めてああそうっだたのかというドラマだと思います。今回、美和子が東京に帰ったことも、その訳も予想通りでした。旭の母さくらが、はやくも登場したのには、びっくりしましたけど・・、子どもがいたんでは、決まりですね・・。あとは、太郎と鈴の恋をどう・・、あぁ書けない・・。次回、ジャズ喫茶「歌姫」でできなかった太郎の告白ができるんでしょうか。

 本当に何が好きって、太郎のビジュアルです!鯉口、腹巻、短髪で、あの感じが出せる俳優さんって長瀬君の他にはちょっと思い当たりません。男は、あまり凝り過ぎた髪型やファッションよりシンプルなほうが好きなので、あの雰囲気は、かなり好きです。

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「歌姫」八話(少し追記しました)

 今回も、とりあえず印象に残ったシーンの簡単な感想をひとまずアップしておきます。(明日以降、追記する予定です。たぶん・・・。)

 八話最後の、ふたりのロマンティックなシーンは、「歌姫」らしい抑制された演出でしたね。「バッタもんの真珠の首飾り」は、ここにつながって来たんだ~、と納得しました。まあ、でも一話とか、来週の予告とかで、よかったね~という気持ちよりも、切なさでいっぱいになって、終わってからもため息をついてしまいました・・・。

 それと、今回、やっと美和子が鈴の気持ちに気付きましたね。

 それと、七話で、太郎が美和子に、美和子とそれがまだ自分のことだとは知らず生きていた美和子の夫について言った言葉、「やっぱり惚れちょった男に、惚れぬいて、惚れぬいて、惚れぬいて、惚れぬきゃあ、きっといつか必ず出会えるがぜよ。生きちゅうあいだに出会えんでも、生まれかわったら必ず出会えるがぜよ。」は、太郎と鈴のことを予言していると思うとちょっとは救われるかな・・・。悲恋の甘さ、と切なさは好きなんだけど。

 結末よりも、それに至る過程に納得できればいいという物語かな。

 追記:美和子がゆうさんの好物だったと言って差し入れた漬物のエピソードは、岸田家の食卓シーンでの、みんなが平静を装いつつ、とまどっている様子や(察した太郎は食べなかった)、その後で太郎がひとりこっそり食べてみて、そのショッパさと臭さにおどろくところなどの演出が、さりげないけど、とてもうまかったです。

 「歌姫」掲示板でも、どなたかが書かれていましたが、ラストのキスシーンで音楽が消えた演出は、新鮮でした。

さらに追記:他人事の絵に描いたような不幸を高みから第三者的に余裕を持って見物できる程度に幸せなひとには、「歌姫」の表現は物足りないのでしょう。「他人事の不幸」、を楽しめるひとが多いってことは、日本もまだまだ余裕のある幸せなひとのほうが多いんでしょうね。30年代はただ明るかったわけではなく、絶望や悲しみを通り抜けたひとびとの生きのびるための処世術としての明るさだったという側面もあったと思う。光が強ければ強いほど影も濃いということを知っているひとだけが、この物語を楽しめる。みんなの前では、漬物に手を出そうとしない太郎や、美和子の前では「自分と太郎はなんちゃあない」と精一杯強がる鈴に共感できるものだけが、ラストのふたりの思いに寄り添える。

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