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「歌姫」 七話(少し追記しました)

 
 ※gooブログに関連記事「歌姫のよさを評価できないようではドラマに未来はない」を書きました。

 明日は朝早いので、ひとまず簡単な感想だけアップしておきます。

 今回、一番こころに残ったシーンは、美和子の正体を知ってショックで泣いている鈴の涙を、太郎がライスカレーの話をしながら、手ぬぐいで拭いてやるシーンです。このシーンは、ふたりの親密な感じと太郎のさりげない優しさがよく出ていたいいシーンでした。鈴のセリフも切なかった・・・。

 それと、回想シーンの「たろりん」の始まりのシーンも、とてもほほえましくて、何回も「たろりん」を繰り返す鈴の姿にグッときました!(でも・・・、映画「ひまわり」では、回想シーンのあるほうーイタリアの妻=ソフィア・ローレンのほうーが別れるのですよね・・・。)

 そして、美和子が太郎に会いに行ったことをジェームスから聞いて、メリーの店から必死で駆け戻る鈴。戻ったもののふたりのいるロビーには入れず、美和子の告白を影で黙って聞くしかない鈴。「ひまわり」では、ソフィア・ローレンに感情移入して観てましたが、「歌姫」では鈴に感情移入してしまう。どうしても失わざるをえないものの切なさに、ソフィア・ローレンの表情だけで表現された悲哀=愛するひとを失うのではないかという鈴の不安、に感情移入せざるをえない。今の美和子には鈴の太郎への愛が見えていないから・・・。同じ男性を愛してしまったもうひとりの女性の存在に美和子が気付いて、その愛に共感して悩むようなら、美和子にも感情移入できると思うのですが・・・。ソフィア・ローレンは、相手の女性に会って、一瞬にしてそれら全てを悟り、仕事から帰って来た夫の姿を一瞬見ただけで、列車に他の乗客に抱えあげられるようにして飛び乗ってしまうのです。そのあと列車の中で彼女は号泣します。このシーンは哀切でした。

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「歌姫」六話

 ドラマのディテールについての詳細な感想や、評価を現時点で書いても仕方ないと思うので、そういうことは最終回が放送されてからということなので、それでも「六話」とタイトルを付けたからには、何か感想のようなものは書くべきなのでしょうが・・・。ジャズ喫茶「歌姫」で太郎が鈴に話したかったことや、”バッタもん”の鈴の真珠の首飾りの件なども、次週につづくと塩漬けにされたままでじらされているので、視聴者は、また一週間悶々として次回の放送を待つわけですが、ただ、この物語は、映画「ひまわり」と違って、あくまでも、四万十太郎と鈴&岸田家の物語なので、回想シーンも、(映画ではイタリアの妻との新婚のシーンだったが)、ドラマでは美和子とゆうさんではなくて、太郎と鈴なので、今回の小池栄子の涙によって、美和子目線の人が増えたにも関わらず、ヒロインは鈴なわけで、私も鈴目線で、鈴&岸田家のひとびとに感情移入しつつ観ることに変わりはないのです。その目線で観ていくと、「ひまわり」と比べると、鈴が幼いので、太郎と鈴の関係が、現時点において映画ほど進展してないことが、鈴にとってはネックなわけで、「ひまわり」ではロシアの妻との間に子どもまでいましたからね。でも、鈴と太郎、美和子とゆうさん、どちらがより濃密な関係か、だったか、というと、出征時の年齢や夫婦が過ごした時間などから想像すると、土佐清水に来てから岸田家で過ごした時間のほうが長く濃密な時間だったと思う。まあ、そんなことを私がぐだぐだ言ってもしょうがないので、次回の放送を楽しみに待つことにします。私は、五話までの明るいノリ、太郎が好きだっただけに、ちょっと、ここからはシンドイですけどね。ハッピーエンドにしてもそうでなくても納得のいく結末を期待してます。

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とりあえず”ひまわり”とだけ・・・(~「歌姫」五話)

 あすの朝早いので、五話の感想はあすの夜にでも(たぶん)書こうと思ってます。

 で、とりあえず、最後のところで「 ひまわり 」が出てきましたね!ということだけ書いておきます。

 そして、来週の予告は切なかったです。

 
 追記:五話最後のシーン、ジャズ喫茶「歌姫」のソファーに落ちていた美和子の七宝焼きのブローチを拾い上げる太郎。 ブローチの絵柄が「ひまわり」でした。
 鈴の誕生日シーンを中心に描かれた今回は、嵐の前の静けさか。


 来週、いよいよ再会ですか・・・。う~ん、太郎と鈴の仲も6話予告ではさらに進展しそうでしたが、それにしても・・・。

 長瀬君の演技は相変わらずいい。


 ※映画「ひまわり」
 

 

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映画「ひまわり」へのオマージュ~「歌姫」四話の感想(追記あり)

 本当は、毎回レビューなんてするつもりは無かったのですが、視聴率のこともあって、今のところ継続中です。本当は、ただドラマに浸って、物語を楽しみたいだけなのです。ドラマ「歌姫」は、久しぶりに出会ったそんなドラマです。

 やはり、映画「ひまわり」へのオマージュでしたか。映画「ひまわり」は、イタリアに残された妻(ソフィア・ローレン)の視点を中心に描かれてましたが、「歌姫」は、映画で言えば、ソビエトの妻(リュドミラ・サヴェーリエワ)側の視点ということになりますか。マストロヤンニ、ソフィア・ローレン、デ・シーカによる名作ですからね。
 今後の展開に期待しながら、お手並み拝見です。いまのところ、期待は裏切られて無いです。

 主役のふたり、今回はよかったですね。お約束の”たろたろりんりんりん”が今回成立しなかったのは、ふたりの関係が一歩進んだということですし、相武紗季ちゃんの恋する乙女の一途さ、初々しさの演技もよかったし、長瀬君の、相手のことを思いやりながら、自分の気持ちを抑えている演技にグッときました。それがあるから、ラストのあのセリフが生きてくるのですね。クラプトンの曲も絶妙でした。しかし、ああいう男を久し振りに見た気がします。


 追記:映画「ひまわり」では、結局夫婦は、それぞれ現在の相手との生活を選んで別れることになるんですよね。

 それと、裏の「三丁目の夕日」ですけど、脚本家のサタケさんによるとあの作品を筆頭とする昭和レトロブームよりも、舞台「歌姫」のほうが先なのだそうですね。私は、前に書いたように、「三丁目」はダメなのです。その理由は、俳優の演技の稚拙さ、あざとさがそのひとつの理由ですが、もうひとつはCGに頼りすぎて、作品が薄っぺらーい印象になってしまっていることです。それらが相まって作品全体が軽ーいペラペラな印象がするのです。そういうリアルさを抜いた感じのほうが受けているのかねえ。だから感動って言ってもお手軽で軽ーい感動なんですね。すべてがあんまりこっちに響いてこない。結局、見せたいのはCGがすごいでしょという自慢と昭和への郷愁の気分だけとしか思えない。物語の面白さというバックボーンも、それに肉付けする俳優の演技という見所もない、自己満足感の漂う雰囲気だけの映画になってしまっている。掘北真希ちゃんはかわいいのだが・・・。

 さらに追記:「歌姫」に関する文句を時々見かけるけど、はあ~っ、何かピントがずれてる批判ばかりなのですね。(「たろたろりんりんりん」のこととか、展開が遅いとか、一話がつまんないとかニ話がつまんないとかのくだらない批判ばかり。そんなにつまんなければ見なければいいのにと思う。評論家でもないのにね。私は今回、「三丁目」も「踊る」も見てませんし、(まったく興味が無いので)、「歌姫」以外のドラマも初回だけ見たり、初回途中で止めたりで、見てないです。物語を受け取る、共感するための共通認識、常識のようなものが欠けているのに、それを作り手のサービスのせいにして切り捨てる傲慢さ、に腹が立つというより溜息を吐きたくなる。つまらなければ、わからなければ見なければいいのだ。知った風な批判はその人の無知をさらけ出すばかりなのだ。

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