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少年がいる (映画「バッテリー」より)

 映画 「バッテリー」で印象に残った場面をいくつか紹介したいと思う。(多少ネタバレあり。)

 最初に、巧と豪が出会った場面で、豪が巧にあいさつがわりに置いていった(巧は「いらない」と断ったが、)バケツを巧がのぞくと、大きい魚が1匹、小さいのが2匹入っていたが、これは豪とその弟たちのことをさりげなく表している。


 豪は実家の医院を継ぐことを期待されていて、「野球は小学校まで」と母親に言われて辞めることを納得していたのだが、巧と出会って迷い始めたため、豪の母から、豪に野球を辞めるよう説得してくれと頼まれた巧が、豪の母親に言った言葉。このシーンは、その言葉にあっけに取られてポカーンとしてしまった豪の母親と同じく、「お見事!」と言うしかないほど、胸がスカッとするシーンです。映画ではそのシーンは表現されてませんが、豪は母親から巧の言葉を聞かされて、当然、野球を続けることになります。映画の冒頭から表現されていた巧の母親の”野球”への反発は、この後も、まだしばらく続いていきますが、少年たち(巧)にとっては、そんなことよりバッテリーの誕生(豪というキャッチャーを得られたこと)が重要なのです。そして身体が弱いため野球を見ているだけだった巧の弟の青波も次第に野球をしたいという意志を見せ始める。とは言え、まだ、青波はすぐ熱を出すほど弱く、母親と巧の間の野球を介しての葛藤は続くわけです。母の巧への態度は、少年巧にとっては理不尽ささえ感じさせるほどのものですが。この辺りの、巧の心理の表現、(言葉ではなく表情や動作で表される)がとてもいいです。少年は寡黙ですから。そして、ぐちゃぐちゃ言わずに、じっと見守る祖父、ふたりの間を取り持つような優しさを見せる父などの存在もいいです。まあ、男たちは全員野球が好きなので、母親にとっては最初から旗色が悪いのですが・・。

 
 そして、横手ニ中との最初の試合のシーンで、相手の5番打者の瑞垣が、バッテリーに心理戦をしかけて、豪と巧がまんまとその術中にはまってしまうシーン。表情や仕草、ふたりのやりとりで表される崩れていくバッテリーの心理の表現、それを観ている祖父の解説、まあ見事というしかありません。門脇にホームランを打たれて、打球の行方を見送る巧の顔の表現など、この試合のシーンはいいです。野球の面白さが伝わってきます。

 
 巧の野球は「孤独の証」と祖父は言いますが、「 次、ど真ん中ですから 」と宣言して放り込んでくる彼のストレートは、気持ちいい。巧のストレートは、言葉ではうまく表現できない気持ちが詰め込まれた少年の寡黙な言語。その言葉の清清しさをストイックに描いたところに、この映画の素晴らしさがある。この映画には、「少年がいる 」 。

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映画 「バッテリー」

 DVDを借りてきて、映画「バッテリー」を子どもたちと一緒に観た。
 なかなかの良作だと思う。少年たち、特にバッテリーを組む原田巧と永倉豪役を演じたふたりは、それぞれの役の雰囲気にぴったりで、なかなかよかった。野球について専門的なことはわからないのですが、野球シーンが、いろんな点で、(少年野球、キャッチボール、草野球、中学の部活等)しっかり(リアルに)描けていたと思う。それは、ほとんどの少年たちがオーディションで選ばれた無名の新人であることからくる少年たちのリアルさからくるものであると思う。
 主人公の巧は、少し屈折したところもある豪腕ピッチャー、そんな巧が出会ったのが、大らかな性格のキャッチャー豪だった。巧は自分の球を5球目に捕った豪に、「お前、合格」と言い、豪も「お前もじゃ」と言い、ふたりは運命的に出会う。(あとで、巧はその時のことを「こいつ(豪というキャッチャー)を絶対手放さないって思った」と打ち明けている。)
 
 少年たちの息遣い、寡黙な言語、清清しい動作を、衒うことなく素直に描いたよさを感じることができます。そして、少年について知りたいお母さんにとって、必見の映画でもあります。

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