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「傷城(傷だらけの男たち)」

 金城君とトニー・レオン出演ということで、観にいってきました「傷城」。(安っぽい日本題、「傷だらけの男たち」って何とかならなかったのか、とぶつぶつ言いながらですが。)金城君ファンとしては、金城君目当てでしたが、正直なところ、トニー・レオンと一緒だと、トニーの、佇んでいるだけで何かを表現しているような存在感の前には、彼の無国籍的、根無し草的な演技(そこが魅力なのですが)は、少し軽く見えてしまって、スー・チー演じる新しい恋人とのエピソードともども、私にはこの映画の金城武は、いまひとつだったかなと思いました。悪くはないんですが、最初の恋人の自殺によって彼がアル中となるというエピソードの説明、表現がありきたりで、少し舌足らずで、いまひとつ感情移入できなかったです。病院での過去の回想シーンの表現は斬新でしたし、同様に、犯行現場での犯行シーンの探偵の脳内再現シーンも斬新ではありましたが。犯行の原因となった過去の犯罪も含めて、あまりにも不条理な暴力やそういうシーンが多用されるので、正直少しうんざりした部分もあります。まあ、でも何よりも、トニー・レオンですね。表情や佇まいだけで、その背負ってきた悲しみを表現できる彼の存在はやはり凄いし、凄く好きです。「恋する惑星」の頃は、金城君には衝撃を受けましたが、トニーのほうはそれほどでもなかったのですが・・・。こういう映画では、金城武の個性は生かしきれないかも、という気はしました。アクションシーンもそれほどないし。
 
 最近の私のベストは、「硫黄島からの手紙」と「たそがれ清兵衛」なので、それらのリアルさ、テーマの表現の仕方に比べると、この作品は、香港という都市から受ける印象のように、少し軽い印象を受けました。悪くはないのですが。トニー・レオンを観る価値はあると思いますが。

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DVD 「 王と鳥 」

 去年の夏、「ゲド戦記」の公開の頃に、ジブリによって日本で劇場初公開されたフランスのアニメ映画 「王と鳥」 のDVDを借りて来て観た。最初に子どもたちが観たのですが、日本のアニメのような派手さはないようなので、どうかなあ、と心配していましたが、ふたりともアニメの世界に惹きこまれたようで、かなりな高評価だったのは意外な驚きでした。
 監督はポール・グリモーというフランスを代表するアニメーション作家、脚本はグリモーと、こちらもフランスの有名な詩人で脚本家の(代表作「天井桟敷の人々」)ジャック・プレヴェール。音楽はポーランド生まれで、コッポラやポランスキーの映画も手がけた、ヴォイチェフ・キラール。原作は、アンデルセンの「羊飼い娘と煙突掃除」。この映画は、大戦後の1947年から制作され、作者の承認を得ぬままに不本意な形で公開されてしまった 「やぶにらみの暴君 」という作品を、グリモーが、1967年に作品の権利とネガフィルムを買い取り、プレヴェールと新しく作り直して、1979年に (プレヴェールは完成の2年前に亡くなった)「王と鳥」と題名を変えて完成させたものです。挿入歌は「やぶにらみの暴君」から4曲(ジャック・プレヴェール作詞/ジョゼフ・コスマ作曲)がそのまま使われています。

 音楽が、挿入歌も含めてフランス的叙情性にあふれていて、とてもよく、この映画の芸術的、詩的表現をさらに高めていると思います。絵は、ジブリ映画のファンには、特にキャラクターの可愛らしさとか美形であるとかの部分で勝負しているような描き方ではまったくないので、物足りなく思うひとがいるかもしれませんが、私は、そういうシンプルさのせいで、より物語に集中できたような気がしました。(同じ頃に、テレビで放映された「シュレック2」と「ゲド戦記」も又借りて来て観たのですが、どちらも、このシンプルだけれど効果的な表現に比べると、騒々しく、俗っぽくさえ感じてしまいました。)王の住む宮殿などの背景画は、絵画としてもとても美しく描かれていたと思います。映画はまず最初に鳥が出てきて説明します。この物語が「まさに本当の話」で「私やみんなの身に起きたことなのですから」と。王様の名前は”シャルル5+8+8=16世”と言います。”孤独と狩り”が王の気晴らしなのだそうです。この冒頭の王の名前や性格の説明と、とても巨大なためにとても長い宮殿についての説明部分は、フランス的シニカルさに満ちていてクスリとさせられましたし、この部分だけでも何かを感じることができます。

 DVDには特典映像として高畑勲監督と太田光氏の対談映像が付いています。高畑監督は、その対談の最後に、グリモーが1985年に広島で開かれた第1回国際アニメ映画祭で大会委員長を務めたときのグリモーの言葉を紹介しています。


 私はいつも私たちの作品を見てくれるであろう人々に思いをはせます。私たちが彼らに言おうとしたことのすべて、私たちが種を播いたすべて、それらは映画が終わって灯りがともった時に、あとかたもなく消え去ってしまうものではありません。一本のフィルムに終りはないのです。まさに観客の心のうちでこそ、それは歩み続け、種がひとつでもあれば、その種が芽を出しはじめるのですから。
 私たちは私たちの最もしあわせな夢々に生命を与えることができますが、その一方で、私たちのもろもろの悪夢が現実にならないために、できる限りのことをしなければならないと思います。
(同映画祭でのグリモーの開会挨拶より)
 

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