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テレビは大衆洗脳装置か?(少し追記しました)

 最近、テレビをあまり見なくなった。と言うか、去年の秋から暮れにかけて、数本のドラマを続けて熱心に視聴したのは、私にとっては例外的なことだったのですが。最近は、朝の情報番組もほとんど見ていない。自分が知りたくもないニュースを微に入り細にわたって延々とやられると、どのチャンネルもほとんど同じだし、こちらを煽ってくる妙な演出とか見せられるので、もううんざりなのだ。聞いていると、相当おかしな論理も多いのだが、日常でも、ちょっと声の大きいひとが、威圧的に結論付けたり、何らかの肩書きを持ったひとが理路整然とこちらを韜晦するかのような一見論理的なしゃべりをすれば、よくわからないままに、納得したつもりになる=思考停止するひとのほうが多いと思う。声の大きいひとや理路整然としているひとが正しいという保障はまったくないのに。そういう場合に感じるうさんくささなどの直感は正しいことが多い。うさんくさくない魅力のあるしゃべりを聞きたい。で、いま朝出かける前にチャンネルをNHKの朝のドラマに合わせることが多い。積極的に見たいというわけではない。見ていらいらしないし、時間もわかるしという消極的な理由なのですが。(ニュースに関しては、NHKに満足しているわけでは決してありませんが。)

 今季、唯一続けて観ているドラマ「華麗なる一族」ですが、細部には見所もあるのですが、やはり物語の根本のところに共感できないし、視聴後の感情もあまりよくないので、そろそろしんどくなってきました。脇役陣の演技を観るために観ていると言ってもいいので、今後も辛抱しつつ観続けると思いますが、このもやもやは、最終回まで見届けて、”一気に”吐き出したいと思ってます。


(以下、太字部分引用)


・・・・・・マスメディアの問題は、一つにはさまざまな圧力があることです。政治権力からの圧力、広告主、つまり大企業からの圧力、それとそれに関連して問題になるのが部数、視聴率で、それらがニュースやエンターテイメントの内容に強い影響を与えている。
 もう一つは、「中立・客観的・公正」というけれども、沈黙もまた意見の表明で、「中立」の意見というのはないんです。また「客観的に事実を報道する」といっても、「事実」は無数にあるわけで、事実を選ぶには何らかの基準がなけらばならない。その基準は結局、価値観で、したがって客観的なニュース報道というのも原理的にはない。多くの新聞やテレビが言っている「中立・客観的・公正」というのはよくいえば幻想で、悪くいえばウソです。

結局は話題の選択の問題だと思う。テレビに何が映っているかというと、世の中にとって重大なことはほとんどない。飛行機が落ちたということで大ニュースになったりするけれども、全体として構造的に重大な問題はあまりない。そうすると世界は調和的だという印象が大衆の中に浸透していく。これがいちばん大きな問題です。
                                            
                                      (加藤周一/「二○世紀から」より)

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