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現実逃避的ドラマの感想~「たったひとつの恋」第8話~(追記あり)

 ドラマが最終回に近づくにつれて、結末が予想されるためなのか、あるいは、回数内で終わらせるための尻切れトンボ的な展開になってしまうドラマが多いので、「たったひとつの恋」も、第8話は、6・7話のようなふたりのシーンの多い童話的展開に比べて、現実的なエピソードが増えて、こちらに、最終話に向けての物語の展開に不安を感じさせる内容でしたね。今回は、冒頭のふたりのシーンと、弟のレン君との「くじら」のシーンのみ癒されたというか、あとはもうね、父親の仕組んだナオのお見合いとか、アユタがナオを思わず抱きしめるところとか、「それは見たくないよ~!!」という展開で、物語がいまどん底なのか、この状態で1週間は長いなあ、というお話でしたね。

  今日のラストと来週の予告から予想すると、苦労人ヒロトは地に足の付いた選択をするのかな?う~ん・・・。予告、途中からいきなり3年後でしたからね。

 いろいろと、気になることがありながら、このドラマにはまっている私は、今起こっているイヤなことから目をそらせたい=現実逃避なのかもね。

 でも、最初はありがちな若者の恋愛物かなと思っていたこのドラマを、私がずっと見続けている理由は、主演ふたりの演技のほかに、いまの日本の現実―「格差」の問題を、ラブストーリーでどう表現するのかを見たいからかもしれない。

   追記:ふたりの朝のシーンでのナオの

     「えっ、横位置なの?」 、は受けました。


 追記: 『今週のひと言』   (と言っても、こんなの書くのは初めてですが・・・)、
     
    ナオが家を出るときに母親に言う言葉、

   「 私の人生はわたしのものだわ、私の病気もわたしのものだし・・・ 」

  そして、 その後の、要兄さんとのやりとり、

   兄 「お母さんの涙、捨てて行くのか?」

   に対してのナオの

   「 そうよっ 」の言い方と表情は、迫力あった。

  上の、「私の人生は・・・・」の言葉で、
  清水真砂子さんが紹介していた
 
   「私にも傷つく権利があるということだ」

  というローズマリー・サトクリフ(子どものころの病気がもとで一生車椅子の生活を送った作家)の言葉を思い出した。


 「傷つく権利」「過ちを犯す権利」「権利と言って主張しなければならないほどの時期に私たちはたち至っている」

         (「幸福の書き方」清水真砂子/著 220頁より)


 ※gooブログのほうに、ひさびさにサッカーについて岩本輝「 まだ死んでない 」を書きました。

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