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ドラマ「太宰治物語」を見て

 10月10日の夜、TBS系でやっていた豊川悦司主演のドラマ「太宰治物語」を見て思ったことを少しだけ書いてみたいと思う。(断っておきますが、ドラマは後半部分しか見ていません。)

 
 ドラマの感想は、まず、現在太宰役をやって、嘘臭くなく彼を演じられるのは豊川悦司以外にはちょっと思い浮かばないというくらい、豊川の太宰は、はまり役だったと思う。女性を惹き付けた(女性が寄って来た)太宰の男としての色気を(彼の駄目さ加減も含めて)表現できる役者は他にはちょっと思い浮かばない。
 そして、菅野美穂の大田静子役も (容姿的に彼女は山崎富栄のイメージに近い気がしていたけれど) 、大田静子のおっとりとして品のある感じは出ていて、なかなかよかったと思う。
 
 ドラマの中で、豊川のナレーションによって太宰の小説の一節が、主人公の気持ちを表現するように遣われていた。有名な『櫻桃』の一節である。

 「子供より親が大事、と思いたい。」

 豊川のナレーションもいい。そしてそう言いたい気持ちもわかる。 この言葉は、後半部分に力点が置かれて吐かれた言葉で、作者にしたら 「、と思いたい。」と付け加えた部分の気持ちを読み取ってくれというところだろうが、この小説が書かれた当時は確固としてあった家庭のモラルが崩れている現代においては、私には、この言葉が何がしかのインパクトや意味を持つとは思えない。というか、作者はその家庭のモラルに抗しながらも、片足はまだそのモラルの中に突っ込んでいるので、その葛藤の中からこういう言葉が吐かれていると思うのだが、モラルハザードの現代においては、こういう葛藤そのもが存在しないと思うのだ。
 でも、ナレーションはよかった。でも、そういう主人公の大変さより、私は美知子さんの大変さに共感するけどね。

 このドラマの予告を見た時に、何故今太宰なのかとちょっと思いました。このことは、何年か前に、あの(道路公団民営化で有名な)猪瀬直樹氏の小説 『ピカレスク―太宰治伝』 が出た時にも思ったことですが、(この小説は今、手元には無い―悪漢としての太宰伝というところに意味があった小説だと思ったけれど、何せ、読後感がすこぶる良くなかったので引越しの時に処分してしまった)猪瀬氏と太宰との組み合わせも意外だったし。

 昔、精神的に参っていた時期に太宰作品ばかり読んで随分助けられたことがあるが、現在、私の手元にある彼の著書は新潮文庫の『お伽草子』一冊のみである。というのも確か詩人の吉増剛造さんが、最も印象深い太宰作品として『竹青』と『津軽』を挙げられていたのに影響されたからなのだが。だから、猪瀬氏の小説の時も、今回のドラマ化も、今何故太宰なのかという思いはやはりある。

 彼について書かれた本で一番最近読んだのは、光文社新書の 『人格障害かもしれない』 (磯部潮 著)ですが、この著書の中で、創造的な仕事を残した人格障害者の例として、尾崎豊や三島由紀夫とともに太宰治の名前が挙げられていて、(境界性人格障害、自己愛性人格障害として客観的に分析されています) なるほどと納得させられましたが、この著書の最後の「おわりに」の項で、著者は、「価値基準や価値体系が混沌とした結果、本文で述べたように多くの「人格障害」の人が世に出現するようになりました。」、 「「人格障害」は、今の時代だからこそ溢れているからです。」と述べられいるような太宰の現代性が、太宰が今も取り上げられる理由なのだろうかとは思いますが、私のなかでは、太宰に対する興味や思い入れはひとまず終わってしまっている。(それは彼の著作の価値を否定することでは決してないのだが。)

 最後に、ドラマの中で印象的だった主人公のセリフを挙げておきたい。

 弟子の(誰だったか名前を忘れましたが)「死のうなどと考えずに書き続けてください」というようなセリフに対して「死ねば全集が出る。そうすれば、家族に金が入る。」と言っていたところが、彼のリアリストぶりを描いていて印象的でした。彼の死が自分から望んだものだったのか、愛人にひきずられた結果だったのかははっきりしないし、そういう考え方は決して肯定できるものではないのですが。ハチャメチャな自身の経験を元に書かれた若い頃の著作などからも、そういう自分を客観的に観察している作家(リアリスト)の目は感じられて、それは作家には必要な特質だと思いました。
 でも、日本の作家からはまだ世界に影響を与えて読みつがれるような骨太な傑作は生まれてないという気はします。そういう意味で、太宰も、また芥川もその作品からは、才気は感じるけれど成熟する前に死んでしまったという気はします。そこで死なずに書き続けていけば、『津軽』や『御伽草子』の世界や、彼が持っていたユーモアの感覚を作品の中に昇華させたもっと成熟した作品が書けたのではないかと思います。まあ無頼派という生活自体を作品とするようなスタイルでは創作する前にバテテしまって、大長編、大傑作は書けないかなという気はしますが。創作には体力が必要だと思うし、そのためには生活のほうをセーブして生き延びないといいものは書けないのではないでしょうか。
 
 ドラマ自体はよくできていて(特に豊川の演技は)見ごたえあったと思うけれど、やっぱり、今何故太宰なのという疑問は残っています。


 

 
 

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