« ~長新太さんのことつれづれ~ | Main | 黒澤、小津映画の中の品のある日本人の顔 »

読書の効用~みうらじゅんの言葉

 イラストレーターのみうらじゅんが、新聞の読書欄で松本清張の小説「ゼロの焦点」について書いている文章が心に残ったので、少し紹介してみたい。
 私は、みうら氏の本職のイラストや、時々のTV出演での人を喰ったようなコメント(どうでもいいことを真面目な顔をしてしゃべるという「トリビアの泉」的芸風)に特に興味も関心も無いのですが、彼が時々発する真面目な発言がおやっという感じで心に残ることがある。
 みうらじゅんは松本清張の「ゼロの焦点」を紹介しながら、自分自身について語っている。一人っ子で両親の愛情を一身に受けて育ち、大きな挫折や不幸な経験も無く今まで来たというような、彼が折に触れて語っている自己像である。だから、自分には他人の気持ちが分からない、特に弱者の気持ちが分からずに来たというコンプレックスのような心情があったと。だから自分の思う優しさにはうそがある。そのことを問われるのが怖くて、その話題を避けてきたと。ここまでは、現代の多くの若者にも共通する心情だと思う。いや、心の隅にでもこういう自覚を持っている人は、それだけでも現代ではかなり誠実な人と言えるかもしれない。そんなことは思いもよらず、他人の身になってものを考えることには思いもよらず、他人とどうかかわるかについてばかり考えているというのが多数派になってしまっているのが現実なのかもしれないが。そして、他人の気持ちがわかる人間になりたいと思った彼は、松本清張の小説をむさぼり読むことによって、他者(弱者)の視点を学んだのだと。この彼の姿勢は、私にはかなり誠実な態度に思える。そんなことには思いもよらず、他人とどうかかわるかについてばかりに心をくだいている人が圧倒的多数を占めている現代において。

 他にも、みうらじゅんの発言で、「仏像が好き」なところなどの点で注目したりしているのですが、初めにも書いたように、彼のTV出演での発言等には、養老孟司氏がベストセラー「バカの壁」の”知識と常識は違う”の項で紹介していたピーター・バラカン氏の言葉、「日本人は、”常識”を”雑学”のことだと思っている」をいつも思い出してしまう。それは「トリビアの泉」のような番組を見ても感じることですが。知的探究心があるだけましだと思うべきなのか・・。私は、積極的にはこれらの番組は見てないです。おたくの限界っていうか、どうでもいいことによくそんなに真剣になれるねっていうか、あまりにも状況から切り離された彼らのパフォーマンスのイノセンスぶりが悲しいというか、結局、表現するものを何も持たずに表現している人の無意味さ、時間とエネルギーの無駄遣い・・・。ああ、「読書の効用」 というようなことを書くつもりがだいぶ脱線してしまいましたので、今日はこの辺で。
 
 ※コメント、ご意見等お待ちしています。
  掲示板の方にもちょこちょこ書いてますので、よかったらのぞいてみてください。簡単な料理とかも紹介してます。

 

|

« ~長新太さんのことつれづれ~ | Main | 黒澤、小津映画の中の品のある日本人の顔 »

「本」カテゴリの記事

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack


Listed below are links to weblogs that reference 読書の効用~みうらじゅんの言葉:

« ~長新太さんのことつれづれ~ | Main | 黒澤、小津映画の中の品のある日本人の顔 »